- ソルジェニーツィン短篇集 (岩波文庫)
- 発売元: 岩波書店
- 価格: ¥ 798
- 発売日: 1987/06
現在、ソルジェニーツィン追悼月間です。
ソルジェニーツィンの「胴巻のザハール」(1966年)を読了しました。
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「胴巻のザハール」は、語り手が自転車旅行をしたクリコーボの古戦場と、その番人である「赤毛の精霊」ザハール・ドミトリッチの思い出を描いた短編です。
この身にしみる寒さだというのに、ザハールは干草の山で寝たのだ! なんのために? どんな不安に、あるいはどんな愛着に、この男はつきうごかされたのか。
わたしたちが前の日に感じていた、この男をあざけり、見下す気持ちは、みるみる消え失せた。この寒い朝、干草の山から立ちあがったザハールは、すでにして単なる番人ではなく、この古戦場の精霊であり、この野原から決して立ち去らぬ警護の牧神だったのである。
(ソルジェニーツィン「胴巻のザハール」小笠原豊樹訳)
ザハールの胴巻の中には感想帳と、許された唯一の武器である斧がしっくり収まっています。
ザハールの人物像は、『マトリョーナの家』のマトリョーナ・ワシーリエブナと同じ系譜だと思いました。マトリョーナは「敬虔の人」であり、ザハールは「警護の牧神」です。
マトリョーナは、親類や村人から「お人よしで馬鹿で、他人に無料奉仕ばかり」しているとされ、軽蔑のまじった憐みの眼差しを向けられています。
いたずらをやりそうな見学者に一々喰ってかかり、土地の荒廃について毎回熱烈に腹を立てるザハールも、野卑で滑稽な人物としてみなされ、権限は全くなく、給与は最低賃銀以下の27ルーブリです。
しかしながら、大地とそこに住まう無数のマトリョーナやザハールがいたからこそ、わたしたちの村や町が成り立ってきたのであり、誰にも評価されないところで、彼らの「素朴さや誠意」がわたしたちの生活を支えているのです。
これが、『マトリョーナの家』そして『胴巻のザハール』に織りこまれた、ソルジェニーツィンのメッセージだと思いました。 読了日:2008年8月13日