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2013/07/31

ボフミル・フラバル「あまりにも騒がしい孤独」

あまりにも騒がしい孤独 (東欧の想像力 2)
あまりにも騒がしい孤独 (東欧の想像力 2)
  • 発売元: 松籟社
  • 発売日: 2007/12/14

ボフミル・フラバル『あまりにも騒がしい孤独』(石川達夫訳、松籟社)を読みました。
2013年6月の読書会課題本でした。

ボフミル・フラバル(1914年~1997年)は、ミラン・クンデラ(1929年~)と共に、20世紀のチェコ文学を代表する作家です。
フランスに亡命し、フランス語で著作したクンデラよりも、チェコ国内にとどまり、チェコ語で著作し、地下出版を続けたフラバルの方が、チェコ国民の人気が高いようです。
日本では、クンデラの方がよく知られていますが、フラバルも大変面白かったので、もっと翻訳が増えて、読者が増えてほしいですね。


『あまりにも騒がしい孤独』は、プラハで35年間にわたって、地下室の小さなプレスで、故紙を潰す作業をしてきた労働者ハニチャが主人公です。
この作品は、社会主義時代には出版を許されず、長い間タイプ印刷の地下出版で、読まれてきました。

「僕」=ハニチャの一人称の語りで物語が進みますが、大量に飲酒をしながら仕事をするハニチャは、明らかにアルコール依存症であり、信頼出来ない語り手です。
主人公ハニチャの青年時代の思い出と、アルコールによる幻視、地下室とアパートを往復する現在の生活が織り交ぜられた、幻想的な作風でした。
わたしは、ボリス・ヴィアンの『日々の泡』(『うたかたの日々』)のような、どこから幻想で、どこから現実なのか分からない作品が好きでして、フラバルも面白く読むことが出来ました。

※ネタバレ注意※


ハニチャの回想には、若かりし頃に交友のあったマンチンカという女性、亡母、叔父、そして青春の恋人であるジプシー娘(イロンカ)が登場します。
第1章では、ハニチャはすでに35年間働いており、あと5年で年金生活という年齢です。
物語開始現在では存命だった叔父も、第5章で亡くなり、ハニチャによって手厚く葬られます。
現在のハニチャを取り巻く人々として、ハニチャを罵倒する所長(ボス)や、地下室に故紙を運んで来る二人のジプシー娘、ハニチャが故紙の中からこっそり持ち出した新聞・雑誌や本を買い取る、元美学教授や聖三位一体教会の管理人フランチーク・シュトゥルムなどが登場します。
物語の中で断片的に描かれている、現在と過去の出来事、そして幻想を整理し、時系列にまとめると、上の図になります。
この図は、物語の構成を図示したものですが、ハニチャの人生そのものですね。


物語の中では、「35年間」という数字が何度も登場します。

三十五年間、僕は故紙に埋もれて働いている―これは、そんな僕のラヴ・ストーリーだ。(7頁、第1章冒頭)

三十五年間、僕は故紙を潰していて、その間に収集人たちが地下室にすてきな本を山ほど投げ入れたので、もし僕が納屋を三つ持っていたとしても、一杯になってしまったことだろう。(18頁、第2章冒頭)

三十五年間、僕は故紙を潰しているけれど、もしもう一度選ばなければならないとしても、この三十五年間にしてきたこと以外の何もしようとは思わないだろう。(32頁、第3章冒頭)

このように、「三十五年間」という言葉から始まる章が、第1章、第2章、第3章、第6章、第7章と、全部で8章あるうちの5章もあります。
第1章だけで、「三十五年間」という言葉は、12回も使われているのです。
作者ボフミル・フラバルは、なぜこれほど「35年間」という数字を強調したのでしょうか?
ハニチャの年齢について、物語中で明らかにされていませんが、「僕は三十五年間、水圧プレスで故紙を潰していて、年金生活まではあと五年だ。」(15頁、第1章)という記述から、20歳から60歳まで40年間働くとして、現在55歳頃であると推測できます。
『あまりにも騒がしい孤独』が1976年発表であることから、ヒトラーによってチェコが保護領となり、ドイツに占領された1939年3月から、執筆当時の現在(1974年頃)までの「35年間」を指しているのではないかと思います。
この物語は、同時代に生きるチェコの人々に向けて書かれており、当時の読者は、現代のわたしたちよりもはるかに敏感に、「35年間」という数字の象徴性や意味を読みとったことでしょう。


読書会では、グロテスクで生理的に受け付けない、二度と読みたくないといった感想も聞きました。
地下室の故紙集積場には、新聞・雑誌や本のほかに、アイスクリームの包み紙、ペンキの散った紙、食肉公社から出た血のついた紙までが運び込まれ、ハニチャは毎日紙の山全体に水を播きます。
そのため、地下室はいつも湿って黴臭く、ネズミが巣食い、ハニチャは血まみれで作業をします。
現代の古紙リサイクルの常識からすると、食品で汚れた紙や、油やペンキで汚れた紙、血のついた紙はもちろん、水に濡れた紙全体が、製紙工場で禁忌品とされるものです。
リサイクル産業の中でも、古紙リサイクルの現場は特にキレイですから、ハニチャの作業風景にはびっくりさせられました。
ハニチャの作業風景では、明らかにリサイクル不可能ですので、大変リアルに描かれていますが、全て作者フラバルの虚構である可能性があります。
あえて虚構の作業風景を描いたとすると、ハニチャの作業風景をグロテスクに、よりグロテスクに描き出すことに、作者の意図があったように思えるのです。

ハニチャは、小さなプレスで故紙を圧縮して紙塊を作るという単純な作業に、独特のこだわりを持って向き合い、手間と時間をかけて作業し、こだわりの紙塊を作ることに喜びを見出しています。
レンブラントの「夜警」や、マネの「草上の昼食」、ピカソの「ゲルニカ」で側面を飾り、心臓部にはゲーテの『ファウスト』や、ヘルダーリンの『ヒュペーリオン』、ニーチェの『ツァラトゥストラはかく語りき』を入れて、紙塊を作ります。
ハニチャは、紙塊を作る作業は「美しい創作になる仕事」であり、自分は自分にとって「芸術家であると同時に観客でもある」と言います。
ハニチャが「僕のミサ、僕の儀式」と言うように、彼の紙塊に対するこだわりは、名高い巨匠たちの複製画や、ドイツを代表する文学・哲学の<死>を悼み、手厚く<埋葬>する儀式として理解できます。
母や叔父についても、<死>と<埋葬>というテーマが共通して描かれています。
母が火葬され、遺骨を手回し臼でこなごなに砕かれる場面は、プレスによる故紙や本の圧縮を連想させますし、とっておきの美しい紙塊を作るように、叔父が生前大切にしたもので叔父の棺を飾ります。
ネズミが巣食い、蝿が飛び、湿って黴臭い地下室というグロテスクさと対照的に、ハニチャの紙塊作りは、美しく神聖ですらあります。
「きれいはきたない、きたないはきれい」という、シェイクスピアの『マクベス』の言葉を思い起こしますね。

◆◆◆

第4章では、醜悪さと神聖さが同時に描かれるという、この物語の特徴が、最も強烈に表現されています。
食肉公社の血まみれの紙が運ばれ、地下室には肉蝿が飛び回り、ハニチャは大量に飲酒をしながら、血まみれで紙塊を作ります。
アルコールの影響か、作業をするハニチャには、イエスと老子の幻が見えるのです。
血と蝿と、イエスと老子という組み合わせの強烈さ、混沌さにはくらくらしますね。

だから今日、僕の地下室に、僕の好きな二人の人物が来ても、別に驚かなかったし、二人が並んで立っていたので、どちらがどれくらいの年かということが、二人の思想を知るためにすごく重要だということに、初めて気づいた。そして、蝿たちが狂ったように踊って唸り、僕が作業衣を湿った血で濡らして、緑のボタンと赤のボタンを交互に押している間にも、イエスは絶えず丘の上に上って行き、一方、老子はもう頂上に立っているのが見えた。(48-49頁、第4章)

ハニチャが見た幻の中で、イエスと老子は、とても対照的な人物として描き出されています。

<イエス>
  • 絶えず丘に上って行く
  • 義憤に駆られた若者は世界を変えようとしている
  • 奇跡に向かう現実を祈りで呪っている
  • 若い男やきれいな娘たちの集団の真ん中で始終義憤に駆られている
  • 楽天的な螺旋
  • いつも葛藤とドラマに満ちた状況の中にいる

<老子>
  • もう頂上に立っている
  • 諦念に満ちたように周りを眺めて、原初への回帰によって自らの永遠を裏打ちしている
  • 「道」を通って自然の理法に従い、ただそのようにしてのみ博学な無知に至る
  • まったく独りで、威厳のある墓を探し求めている
  • 出口のない環
  • 静かな瞑想の中で、矛盾に満ちた道徳的状況の解決しがたさについて思いをめぐらせている

イエスを義憤に駆られる若者、老子を諦念に至った老人として描かれいますが、イエスと老子=<若者>と<老人>の優劣比較として解釈するのは間違いだろうと思います。
イエスと老子について、ハニチャはあらかじめ「僕の好きな二人の人物」と前置きしており、ハニチャがイエスと老子のどちらにも共感していることが分かります。
グロテスクさと神聖さが同時に存在することと、若々しさと老人の諦念が同時に存在することはつながっており、この物語の注目すべき特徴です。


イエスと老子=<若者>と<老人>と同じ対比が、第8章でも登場します。
ハニチャはイグナティウス・デ・ロヨラ教会を見て、「陸上選手みたいに躍動感にあふれている」カトリックの像たちと、「車椅子に麻痺したように座っている」チェコ文学の大家たちの像を見ます。

僕は、人間の体は砂時計なのだと思う―下にあるものは上にもあり、上にあるものは下にもある。それは、上下に重ね合わされた二つの三角形であり、ソロモンの印であり、ソロモン王の青春の書『雅歌』と、「空の空」という老君主としての彼のまなざしの結果である『伝道の書』との釣り合いだ。(126頁、第8章)

8章では、一人の人間の中に若さと老いが同時に存在することを、「砂時計」と「ソロモンの印」に喩えて説明しています。
上下に重ね合わされた二つの三角形である「ソロモンの印」は、「ダビデの星」と呼べば、すぐに六芒星(ヘキサグラム)をイメージ出来るでしょう。
この図形は、上下逆さまにしても同じであるため、<上>と<下>は相対的な概念になります。

若者の歌
恋人よ、あなたは美しい。
あなたは美しく、その目は鳩のよう。

おとめの歌
恋しい人、美しいのはあなた
わたしの喜び
わたしたちの寝床は緑の茂み。
レバノン杉が家の梁、糸杉が垂木。(「雅歌」1章15節-17節、新共同訳)

旧約聖書の『雅歌』は、若い男性と女性の間で交わされた、愛の相聞歌集です。
1章1節に「ソロモンの雅歌」と記されているため、ソロモン王が実際に書いたかどうかは別として、ハニチャが「ソロモン王の青春の書」と言うことは頷けます。
『雅歌』は、花婿役と花嫁役の歌と合唱が交互に進行し、オラトリオや教会カンタータのようです。
結婚へのあこがれや期待、夢、花嫁への礼讃、花嫁の舞踏、そして相思相愛が歌われ、若々しく幸福感にあふれています。

コヘレトは言う。
なんという空しさ
なんという空しさ、すべては空しい。
太陽の下、人は労苦するが
すべての労苦も何になろう。
一代過ぎればまた一代が起こり
永遠に耐えるのは大地。
日は昇り、日は沈み
あえぎ戻り、また昇る。
風は南に向かい北へ巡り、めぐり巡って吹き
風はただ巡りつつ、吹き続ける。
川はみな海に注ぐが海は満ちることはなく
どの川も、繰り返しその道程を流れる。(「コヘレトの言葉」1章2節-7節、新共同訳)

ハニチャの言う『伝道の書』は、旧約聖書の『コヘレトの言葉』を指します。
実際には、ソロモン王よりもずっと後の時代に書かれたものらしいと考えられていますが、1章1節に「エルサレムの王、ダビデの子、コヘレトの言葉」と記されているため、ハニチャが『コヘレトの言葉』を老ソロモン王が書いたと言うのも分かります。
コヘレトは、「伝道」や「伝道者」という意味の言葉で、この当時の「伝道者」とは「会衆に向かって人生哲学を説く人」といった意味で、キリスト教の伝道や伝道者といった意味とは異なります。
『コヘレトの言葉』は、「すべては空しい」という虚無思想と、それに耐えようと努力する自問自答が記されています。

ハニチャは、上は下に、下は上になる「砂時計」や「ソロモンの印」のように、若さあふれる『雅歌』も、すべてが空しい『コヘレトの言葉』も、どちらもソロモン王その人の中で同時に存在し、釣り合っているのだと言いたいのでしょう。
この物語全体で、老いたハニチャの現在と、若かりし頃の回想が、交互に断片的に描かれていることも、ハニチャ自身が「砂時計」であり「ソロモンの印」であることを表現しているように思えます。

こうした思想を持ちながら、現実には、「社会主義労働班」の若者たちの登場によって、老いたハニチャは35年間勤めた故紙を潰す仕事から追われ、ついに自殺を選んでしまう結末が、なんとも皮肉ですね。

◆◆◆

この物語を通して、「プラハの春」が挫折した後の、「正常化」と呼ばれるバックラッシュの時代に、検閲と言論統制がどれだけ厳しかったかが、よく分かります。

でも、僕が一番感銘を受けたのは、クマネズミとドブネズミがちょうど人間と同じように全面戦争を行って、その一つの戦争はもうクマネズミの完勝に終わったという、学問的知見だった。けれども、クマネズミはすぐに二つのグループ、二つのクマネズミ党派、二つの組織されたネズミ社会に分裂して、ちょうど今、プラハの下のあらゆる下水道、あらゆる排水溝で、生死を賭けた熾烈な戦いが行われている―どちらが勝者になり、したがって、傾斜下水道を通ってポドババに流れ込むあらゆるゴミと汚物への権利をどちらが獲得するかをめぐる、大クマネズミ戦争が行われているんだ。(34頁、第3章)

35年間故紙を潰し、自分の仕事に誇りと生きがいを持っているハニチャは、『狙われたキツネ』の主人公アディーナのように、秘密警察から監視されたり、命を脅かされたりすることはありません。
しかし、この物語の中には、政治的メッセージが随所に盛り込まれています。
クマネズミとドブネズミの戦争はクマネズミの勝利で終わったが、すぐにクマネズミは内部分裂して、現在は大クマネズミ戦争の真っ最中であるというエピソードは、そのまま読んでも面白いですが、明らかに寓話として読めますよね。
共産党をクマネズミ、民主党、人民党などの反共勢力をドブネズミに見立て、共産党と反共勢力の全面戦争は、1948年のクーデターが失敗して、共産党の完勝に終わったが、共産党内部でも保守派と改革派に分裂し、1968年の「プラハの春」から、「正常化体制」の現在まで、生死を賭けた熾烈な戦いが行われている、というイメージでしょう。



チェコスロヴァキアとボフミル・フラバル


フラバルは、1914年にオーストリア=ハンガリー帝国の支配下にあったチェコに生まれます。
1914年と言えば、ハプスブルク家の皇位継承者フランツ・フェルディナンドがセルビアで暗殺されたことを発端に、ヨーロッパが第一次世界大戦に突入した年です。
第一次大戦の激動と混乱のさなか、1918年に新国家チェコスロヴァキアは産声をあげます。
チェコスロヴァキアの民族構成は複雑で、1931年の統計によると、チェコ人とスロヴァキア人は両方で「チェコスロヴァキア民族」を構成するという建前になっており、チェコ・スロヴァキア人が66.9%、ドイツ人が22.3%、ハンガリー人が4.8%、ウクライナ人・ロシア人が3.8%、ユダヤ人が1.3%、ポーランド人が0.6%でした。
1930年代に、世界恐慌の影響がチェコスロヴァキアにも及び、特に軽工業が盛んなドイツ人地域が打撃を受けます。
ドイツ系住民が多数を占めるズデーテン地方では、チェコスロヴァキアからの分離独立を求めるズデーテン・ドイツ党(ズデーテン・ドイツ郷土戦線)が支持を広げ、1938年3月にオーストリアを併合したヒトラーは、9月にはズデーテン地方の割譲を要求し、10月にドイツ軍がズデーテン地方に侵攻しました。
1939年にはスロヴァキアはドイツの保護国となり、チェコはドイツの保護領として占領下に置かれ、チェコスロヴァキア共和国は消滅し、第二次世界大戦を経験することなります。
この年、フラバルは25歳です。

占領下のチェコでは、一切の政治的自由は奪われ、チェコのユダヤ人はもっとも悲惨な運命に見舞われ、チェコとスロヴァキア合わせて約27万人のユダヤ人が犠牲になったと言われています。
ロマもまた絶滅政策の対象となって、過酷な運命に見舞われました。
そして1945年、ドイツ軍はチェコとスロヴァキアの領土から、ソ連軍をはじめとする連合軍によって撃退され、5月には首都プラハがソ連軍の手によって解放されたのでした。
この年、フラバルは31歳です。

復活したチェコスロヴァキア共和国内では、ズデーテン・ドイツ人の存在自体が共和国解体の原因であるとみなされ、ドイツ系住民に対する報復行為が始まり、大統領令で正式にドイツ系住民の財産没収や権利の制限が行われ、組織的な強制移住が進められた結果、約300万人のドイツ系住民が追放され、ドイツやオーストリアに難民として移りました。
チェコスロヴァキアでは、長い間、この問題にふれること自体がタブーとされてきましたが、フラバルが結婚したエリシュカ・プレヴォヴァー(1926年~1987年)という女性は、国内に残った数少ないドイツ系住民の一人であり、フラバルはマイノリティである妻の視点を通して、チェコとチェコ人を見ることが出来たと言われています。

政治的には、チェコスロヴァキアは戦前の民主主義体制が復活し、1946年に総選挙が行われて、共産党が第1党となります。
1948年2月に、国民社会党、民主党、人民党が協力して、共産党党首ゴットヴァルトを首相とする内閣を倒そうとしましたが、失敗します。
その後、共産党による一党独裁体制が急速に形成され、6月にゴットヴァルトが大統領となり、チェコスロヴァキアは事実上、社会主義共和国となりました。
東西の冷戦が緊張の度を増すなかで、チェコスロヴァキアではソ連のスターリン体制にならった抑圧的な政治が行われました。
1953年にソ連でスターリンが死去し、フルシチョフによるスターリン批判が行われ、ハンガリーやポーランドなど東欧諸国で体制批判の運動が起こったときも、チェコスロヴァキアでは大きな動きはありませんでした。

しかし1960年代に入り、西側諸国との経済的格差が明らかになり、生活水準の低下が目立ち始めると、チェコスロヴァキアの共産党内部にも、これまでの路線を見直し、社会主義建設をやり直すべきだとの議論が高まります。
1968年1月にアレクサンデル・ドゥプチェクが第一書記に任命されたときから、「人間の顔をした社会主義」をスローガンに、検閲の廃止、旅行の規制緩和、市場原理導入の方針が決められ、改革の動きが急速に進みました。
後に「プラハの春」と呼ばれる1968年の改革に対して、ソ連政府はチェコスロヴァキアが東側陣営から離脱するのではないかとの懸念を強め、軍事介入に踏み切ります。
同年8月、ソ連軍を中心とするワルシャワ条約機構5ヵ国の軍が、突如チェコスロヴァキア領内に侵攻し、進駐する戦車と抗議する群衆の衝突で、国内は大混乱に陥ります。
こうしてチェコスロヴァキアの大胆な試み「プラハの春」は挫折し、改革派の共産党指導部は排除され、全党員の三分の一にあたる約50万人が党から追放されました。
そして、「正常化」と呼ばれる極端に保守的な体制が訪れるのです。
この年、フラバルは54歳。

「正常化体制」は、経済的には停滞し、政治・社会的な自由も制限された重苦しい時代でしたが、政府の政策に異議を唱えない限り、国民には一定程度の生活が保障されていました。
社会主義政権によって、各都市に次々と集合住宅が建てられ、人々はそこに住居をあてがわれて、職場との往復をする毎日を過ごします。
スーパーマーケットの品揃えは貧弱で、品質も満足ではなく、サービス部門の劣悪さには定評があり、能率が悪い、応対が不親切などの不満は並べればきりがなかったと言います。
夏になれば、1~2週間の休暇をとって、山岳地帯の保養施設などでくつろぎ、人によっては同じ社会主義国のユーゴスラヴィアかブルガリアなどの海岸にある保養地に旅行することも出来、これが最高のぜいたくとみなされていました。
人々は、こうした暮らしに対し、一種のあきらめと、これもそれほど悪いものではない、という気持ちを半々に抱きながら暮らしていたようです。
もちろん、いつまでこの体制が続くかについては、一切口にしないという暗黙の了解も成り立っていました。
この政治的な無関心が社会を覆う中で、一部の知識人たちは、人権擁護運動というかたちの異議申し立てを続け、1977年からは人権運動「憲章77」を開始します。
「憲章77」の発起人のひとりである劇作家ヴァーツラフ・ハヴェルは、何度も投獄されながら、運動の中心となって活動しました。

ソ連で始まったペレストロイカ政策は、チェコスロバキアにとっても転機となります。
1989年11月、プラハの学生たちは長年の抑圧に対する抗議の声をあげ、政府を批判するデモが連日繰り返され、政府はついに屈しました。
共産党は一党独裁体制を放棄し、12月には民主化運動の指導者であったヴァーツラフ・ハヴェルが大統領に選ばれます。この革命が、暴力を伴わずに成功した、いわゆる「ビロード革命」です。
この年、フラバルはすでに75歳。
検閲が厳しいために、フラバルは地下出版や亡命出版社から作品を発表していましたが、「ビロード革命」による検閲廃止の後、フラバルの作品はどっと出版され、全19巻のフラバル全集も出版されました。
新しい共和国は、政治的・社会的自由を保証し、早期に市場原理を導入して経済立て直しを目指しますが、大きな問題がたちはだかります。
急激な市場経済化を進めたいチェコ側と、穏健な改革を求めるスロヴァキア側との対立、さらにスロヴァキア側の民族的主張が強まり、主権国家を求める声が一気に噴出します。
1993年1月、ついにチェコとスロヴァキアは正式に分離し、「チェコスロヴァキア」は世界地図上から静かに消えていったのです。
そして1997年、いくつもの激動や大転換を経験したフラバルは、82歳で亡くなりました。


参考:薩摩秀登『図説 チェコとスロヴァキア』(河出書房新社、2006年)
林忠行『粛清の嵐と「プラハの春」 チェコとスロヴァキアの40年』(岩波ブックレット、1991年)



読了日:2013年6月23日

2012/12/22

スタニスワフ・レム「ソラリス」

ソラリス (スタニスワフ・レム コレクション)
ソラリス (スタニスワフ・レム コレクション)
  • 発売元: 国書刊行会
  • 発売日: 2004/09

スタニスワフ・レム『ソラリス』(沼野充義訳、国書刊行会)を読みました。
「古今東西の名作を読もう」コミュニティの、2011年12月・2012年1月課題本でした。

スタニスワフ・レム(1921年-2006年)は、世界的な人気を誇る、ポーランドのSF作家です。
『ソラリス』(Solaris、1961年)は、『エデン』(1959年) や『砂漠の惑星』(1964年)と共に、人類と地球外生物との接触を描いたファースト・コンタクト三部作と言われています。
ロシアのアンドレイ・タルコフスキー監督が『惑星ソラリス』(1972年)、アメリカのスティーヴン・ソダバーグ監督が『ソラリス』(2002年)として、映画化しています。


物語は、主人公クリス・ケルヴィンが、地球から惑星「ソラリス」の観測ステーションに派遣されるところから始まります。
ソラリスは、赤色と青色の二つの太陽のまわりを回り、惑星全体がゼリー状の海で覆われています。
ソラリスのゼリー状の海は、「生きもの」であるかどうか。
「生きもの」であるならば、それは原始的な「準生物」「前生物」か、それとも理性を持ち、人類よりも高度に発達した「巨大な脳」なのか。
ソラリスの「生きている海」をめぐって、人類は約100年に及ぶ探検調査と研究を行ってきましたが、未だに成果は得られず、ソラリス研究は衰退し、観測ステーションは閉鎖の危機にありました。

ソラリス・ステーションで、現在も研究を続けているのは、ギバリャン博士、スナウト博士、サルトリウス博士という3人の科学者のみです。
しかし、クリスが到着した時には、ギバリャンは謎の自殺を遂げており、スナウトとサルトリウスも異常な振る舞いを見せます。
スナウトは、クリスを含む3人の人間ではない「別の誰か」が、ステーション内にいることを示唆します。
ギバリャンはなぜ自殺したのか、ステーションで何が起こっているのか、といった謎の解明に乗り出しますが、クリス自身も不可解な現象に見舞われます。

※ネタバレ注意※

クリスのところに、10年前に亡くなった妻ハリーが、生前とまったく変わらない姿で現れます。
クリスは自分の狂気を疑いますが、ハリーの姿をした謎の女性は、決して幻覚ではなく、手で触れることの出来るリアルな実体です。
スナウトとサルトリウス、自殺したギバリャンにも、それぞれ同様の「お客さん」が訪れていたのです。
クリスたちは、ソラリスの「生きている海」が人間の記憶を探り、もっとも深い思い出を実体化したのかもしれない、と考えます。
恐怖したクリスは、ハリーのコピーをロケットに閉じ込め、宇宙空間に放り出しました。
しかし、最初に訪れた時と同じ服を着て、第2のハリー・コピーが現れます。
第2のハリー・コピーは、ハリー・オリジナルと同じようにクリスを愛していますが、しだいに自分がオリジナルではなく、コピーであると気づきます。
コピーである自分は、クリスから愛されないという悲しみから、彼女は自殺を図りますが、人知を超えた再生能力を見せて、回復します。
クリスは、彼女が不死身の怪物であることをしっかり認識しながらも、彼女を受け入れ、本当に愛するようになります。

サルトリウスは、不死身の「お客さん」を壊滅させるため、特別な装置を開発します。
その装置によって、第2のハリー・コピーは「閃光と風の一吹き」となって、永久に消えました。
彼女はクリスのためを思って、自死を決意し、クリスが眠っている間に、スナウトに頼んだのです。
クリスは、彼女を永久に失って深く悲しみ、涙します。
もはや彼女がもどって来ることは望めませんが、クリスは地球に帰還せず、ソラリスに残ることを決意して、物語は終わります。

◆◆◆

SFでもファンタジーでも、架空の世界が舞台となる作品は、背景となる世界観をいかに説明するかが、面白さの鍵ですよね。
『ソラリス』では、ソラリス研究の歴史を説明する部分が、非常に生き生きとしていて、なかなか面白く読めました。
引用されている文献や、研究事例が、すべて架空だとは思えないほど、リアリティがあります。
物語は、ほとんどソラリス・ステーションの中だけで展開しますが、現在の物語の背景に、100年に及ぶ時間の流れと、多くの研究者・探検家、ソラリス学ブームに沸く人々の息づかいが感じられます。


物語は、主人公クリス・ケルヴィンの一人称の語りによって進められています。
第2のハリー・コピーは、自分がハリー・オリジナルではないと気づき、クリスを思いやって自死を選ぶなど、とても人間らしい内面を持っています。
彼女の自律的な人格も、ソラリスの「生きている海」による模倣でしょうか、それともクリスと一緒に暮らす間に、しだいに人間性が芽生えていったのでしょうか。
コピーの人格が、成長によって獲得したものではなく、生まれながらに備わっているものだとすると、第1のハリー・コピーがクリスによって排除された場面は、すごく残酷ですよね。
物語はクリスの視点から描かれているため、ロケットに閉じ込められた彼女が、ロケットを変形させるほどの力で暴れる異常性や、クリスの恐怖心が強調されています。
しかし、彼女の視点に立てば、クリスの名前を呼び続け、脱出しようと暴れる描写から、愛するクリスに騙された恐怖と怒り、絶望を強く感じました。


第2のハリー・コピーは、生まれながらに備わったハリー・オリジナルの記憶と、自分はコピーであるという気づきの狭間で、悩みます。
コピーとして生み出された彼女が、彼女<オリジナル>の人格を持つという矛盾が、彼女の悲しさ・人間らしさをより際立たていると思います。

「あなたは本当のことを言えないのよ。だってわたしはハリーじゃないんだもの」
「じゃあきみは誰なんだい?」
彼女は長いこと黙っていた。そして何度か顎を小刻みに震わせ、とうとう目を伏せて、こう囁いた。
「ハリーよ...でも...わかっているわ、本当はそうじゃないってこと。あなたがむこうで、以前愛していたのは...わたしじゃない...」
「そう」と、私は言った。「過去にあったことは、いまはもうない。それはもう死んでしまった。でもね、ここではきみを愛しているんだ。わかるだろう?」(238-239頁)

サルトリウスの装置によって、彼女が永久に姿を消した時、クリス宛に手紙を残していました。
「愛するあなた」と書かかれた手紙には、彼女の署名が書かれていませんでした。

その下には、抹消されている単語が一つあったが、私はそれを判読することができた。「ハリー」と書いてあったのだ。しかし、後で彼女が塗りつぶしたのだろう。(320頁)

彼女は、最後まで自分が「誰」であるか、悩んでいたのでしょう。
永久のお別れに、自分の名前すら書くことができない彼女の辛さを思うと、本当に悲しくなります。
ハリー・オリジナルの代理としてではなく、彼女自身を愛していると言うなら、クリスは彼女に名前を与えるべきだったと思います。
彼女が<オリジナル>の名前を持つことで、これから<オリジナル>の人生を歩むことだって、出来たかもしれません。

スナウトは、彼女はクリスの「脳の一部を映し出す鏡」にすぎないと警告します。
しかしわたしは、彼女がクリスの潜在意識を投影した鏡、クリスの分身だとは思えないのです。
もし彼女が、クリスの記憶の再現・再構成にすぎないのならば、自分がコピーであると自覚することも、葛藤する自我を持つことも無いでしょう。

◆◆◆

『ソラリス』における人類と地球外生物とのコンタクトというテーマは、「生きている海」と人間、「生きている海」が生み出した怪物(「お客さん」)と人間、という二重のコンタクトが描かれています。
ハリー・コピーとクリスは、互いに分かり合うことが出来ましたが、「生きている海」とクリスは分かり合うどころか、互いの意思疎通さえ不可能です。

クリスにとって、「生きている海」がなぜ自分の記憶を探り、ハリー・コピーを生み出し、自分のもとへ送り込んだのか、謎のままでしょう。
「生きている海」に、どんな意図や計画があったのかは分かりませんが、少なくとも人間に関心を持ち、人間にコンタクトを試みたことは明らかです。
約100年に及ぶソラリス研究において、人間から「生きている海」へのコンタクトが全て失敗したように、「生きている海」から人間へのコンタクトも、おそらく失敗だったと言えます。
人間側・「生きている海」側それぞれコンタクトを試みても、互いに一方的な話しかけで終わるため、意思疎通やコミュニケーションには至らないのだと思います。

クリスが、第2のハリー・コピーとコミュニケーションをとり、互いに愛し合うことさえ出来たのは、彼女に人間らしい自我があったからだと思います。
人間は、相手に人間的な理性や感情を見出せれば、人間であるかどうかは関係なく、コミュニケーションをとることが可能なのでしょう。
相手に人間らしい自我が見出せなかった場合、人間よりも原始的な「準生物」「前生物」として見下すか、人間よりも高度な「神」として畏れるかしか、相手を受け入れる方法が無いのかもしれません。

「ひょっとしたら、まさにこのソラリスは、きみの言う神の赤ん坊のゆりかごなのかもしれないな」と、スナウトが言葉をはさんだ。微笑みが次第にはっきりと形をとり、そのせいで目の周りにうっすらとしわが寄った。「この海はきみの説に従えば、絶望する神の萌芽、発端なのかもしれない。そして、元気のいい子供らしさのほうが、まだ理性を凌駕しているのかもしれない。そうだとすると、おれたちのソラリス研究書を集めた図書館は、この赤ん坊のいろいろな反応を記録した巨大なカタログにすぎないんじゃないだろうか...」(335頁)

ソラリス研究の歴史を紐解く場面では、人間中心主義的・地球中心主義的なアプローチが、何度も批判されていました。
クリスは、ソラリスでの体験を通して、罪の贖いも、救済もしない「欠陥を持った神」というコンセプトを思いつきます。
人間は古来、自然現象を含め、人知を超える現象はすべて<神話>によって説明してきました。
科学の発達とともに、<神話>はしだいに消えていき、現代は人間の歴史上、もっとも<神話>が消えた時代と言えるかもしれません。
現代よりも、はるかに科学が発達した時代に生きるクリスやスナウトが、「生きている海」という人知を超えた存在とコンタクトした時、再び<神話>によって現象を説明しようとする=<神>に回帰することが、とても皮肉に感じました。



読了日:2012年3月15日

2012/09/29

ヘルタ・ミュラー「狙われたキツネ」

狙われたキツネ 新装版
狙われたキツネ 新装版
  • 発売元: 三修社
  • 発売日: 2009/11/14

ヘルタ・ミュラー『狙われたキツネ』(1992年)を読みました。
2012年5月の読書会課題本でした。

ヘルタ・ミュラーは、現在のルーマニア西部のバナード地方に、ハプスブルク帝国時代に入植したドイツ人の子孫「バナード・シュヴァーベン人」と呼ばれるドイツ系ルーマニア人の出身です。
1982年にルーマニアで発表した短編集『澱み』が、西ドイツでも注目を浴び、チャウシェスク政権から執筆禁止処分などの弾圧を受ける中、1987年についに西ドイツに出国。
1989年のチャウシェスク政権崩壊以降は、チャウシェスク時代のルーマニア、秘密警察による迫害をテーマに、執筆を続けています。
2009年に、ノーベル文学賞を受賞しました。

『狙われたキツネ』は、1989年の夏から冬にかけて、ルーマニアの地方都市ティミシュアラを舞台に、小学校教師アディーナと工場労働者クララの絶望的な日常が描かれています。

秘密警察に目をつけられたアディーナは、陰湿な脅迫を受けます。
アディーナが大切にしていたキツネの毛皮が、外出中に侵入した何者かの手によって、少しずつ切られていくのです。
アディーナの親友クララが、秘密警察セクリターテの将校パヴェルの愛人であったことが分かり、二人の友情も壊れます。
追いつめられて、田舎に逃亡したアディーナは、隠れている間にチャウシェスク政権が打倒されたことを知り、再び都市に戻ります。


◆◆◆

読んでいて、すごく気持ち悪くて、読み進めるのが辛かったです。
読書会の課題本でなければ、挫折していたと思います。
『狙われたキツネ』では、隠喩と擬人化が多用されていますが、それがとても生々しく、グロテスクに感じられました。

すぐ近くで<緑のナイフ>を持ったポプラの木がこっちの様子をじっとうかがっている。(ヘルタ・ミュラー『狙われたキツネ』山本浩司訳、25頁)

ダリアはよってたかってキッチンや寝室、皿やベッドをのぞき込んでいる(29頁)

街路樹の「ポプラ」や、「ダリア」の花までもが、監視国家の手先として感じられる描写に、相互監視社会に生きる人々の、極度の不安感が伝わってきます。

暗闇に乗じてポプラ並木がつぎからつぎへと道路を侵略しはじめる。あたりの家はこわごわと体を寄せ合っている。(33頁)

暗い低木の茂みのなかにひそんだ夜の軍勢は、もうしばらくうっそうと茂る葉のなかにそのまま隠れていようか、それともすぐに奇襲に打って出るか、決めかねている。いよいよ夕暮れの街で停電が起きると、夜の軍勢は下から襲いかかってきて、人々の体を脚から順に切り刻んでいく。(33-34頁)

敵意を持ち、攻撃的な「夜」のイメージは、秘密警察による拉致誘拐や暗殺への、生々しい恐怖感から生み出されるのでしょう。
このように、登場人物の精神状態が、自然や周囲の事物に投影されていく表現手法は、『狙われたキツネ』の特徴だと思います。
人々の不安感・恐怖感・絶望感から生み出されていくイメージ、いわば歪んだレンズを通して見る世界は、読者にとって不条理でグロテスクな寓話のように感じられるのですね。

◆◆◆

『狙われたキツネ』の原題は”Der Fuchs war damals schon der Jäger”です。
直訳すると、「あの頃、キツネはすでに猟師だった」という意味です。

アディーナが大切にしていたキツネの毛皮は、まず尻尾が切られ、次に一番目、二番目、三番目、四番目の肢が順番に切られていきました。
田舎に隠れていたアディーナは、独裁者夫妻の失脚を知り、都市にもどって来ましたが、その後もキツネに対する危害は止まず、最後には頭まで切られていました。

「とうとう頭がやられてしまった。結局、このキツネはやっぱりあくまで猟師だったのよ」と彼女が言う。(352頁)

このアディーナの台詞に、表題「あの頃、キツネはすでに猟師だった」が表現されています。
「キツネ」はアディーナ、「猟師」は迫害者(秘密警察・監視者)と言い換えることが出来ます。
すなわち、「キツネ」が「猟師」だとするなら、アディーナは「キツネ」であり同時に「猟師」でもあるということになります。
狩られるもの(被害者)と、狩るもの(加害者)の区別が曖昧になり、抑圧される民衆と悪しき権力者という単純な二分法では、説明できない状況が、表現されているのでしょう。

<家政婦の娘>は校長となっていた。前の校長は体操の教師に、体操の教師は教員組合の組合長に、物理の教師は「変革と民主主義」の責任者となっていた。(349頁)

ただ古いコートが新しいコートに変わっただけなのだ。(354頁)

独裁者夫妻の処刑後、解放された「キツネ」が、新たな迫害者「猟師」に変わるだけで、権力の構造には何の変化も無かったルーマニア革命に、深い失望感を持って、物語は終わります。


再読すると、作品冒頭の死んだハエを運ぶアリのイメージに、「あの頃、キツネはすでに猟師だった」という表題と、ルーマニア革命後の失望感が、凝縮されているように感じました。

アリがハエの死骸を運んでいる。獲物が大きすぎるせいで前が見えないアリは、ハエをひっくり返し、後ずさりして運ぼうとしている。(9頁)

こんなふうに地面を這いまわってはいるが、アリはとても生きているとはいえないし、人間の目からすると、およそ生きものには見えない。なぜなら地面を這いまわるというだけなら、街のはずれのサヤエンドウだってそうしているではないか。死んでいるはずのハエが生きものだと言えるのは、それがアリよりも三倍も大きくて運ばれているせいだ。人間の目から見れば、このハエこそが生きものなのだ。(9頁)

「ハエの死骸」は国家(権力)、「アリ」はルーマニア国民(民衆)と言い換えることが出来ます。
「アリ」が運ばなければ、「ハエの死骸」は動くことができません。
実は「キツネ」と「猟師」が一体化していたように、死んだ「ハエ」を動かしているのは「アリ」であり、動かしている間、「アリ」は自分の前が見えないのです。




読了日:2012年5月12日