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2020/12/07

柳美里「JR上野駅公園口」

JR上野駅公園口 (河出文庫)
  • 発売元: 河出書房新社
  • 発売日: 2017


2020年12月5日の読書会で、柳美里の『JR上野駅公園口』を読みました。
Morgan Gilesによる本書の英訳"Tokyo Ueno Station"が、2020年11月18日に全米図書賞翻訳部門(the National Book Award for translated literature)を受賞しました。
柳美里(1968年生まれ)は、日本で生まれ育った韓国人であり、日本語で文学作品を執筆しています。
ニューヨーク・タイムズの2020年11月27日刊行の記事によれば、柳美里の母親は韓国から小舟で日本に逃げてきた朝鮮戦争難民で、父親は韓国からの移民の息子です。

『JR上野駅公園口』の主人公は、福島県相馬郡八沢村(現・南相馬市)出身の男性です。
2011年3月11日発生の東日本大震災と原発事故をきっかけに、柳美里は同年4月21日に初めて南相馬市を訪れ、2015年から南相馬市に暮らしています。
2012年3月から2018年3月の閉局まで、臨時災害放送「南相馬ひばりFM」で、彼女は番組パーソナリティを務め、地元の人々の話を聞き続けました。
実は、柳美里と福島のつながりは震災の前からあり、日本へ逃げてきた朝鮮戦争難民の母親が最初に上陸したのが、福島の後に水力発電のダムに沈んだ村でした。
全米図書賞翻訳部門受賞を受けて、柳美里は「震災、津波、原発事故で苦難の道を歩んでいる南相馬の人たちと、この喜びを分かち合いたい。これはあなたのためのものです」と語っています。(上の記事より)

※ネタバレ注意※

【目次】
1.小説『JR上野駅公園口』について
...あらすじ
...感想と考察
2.英訳"Tokyo Ueno Station"について

1.小説『JR上野駅公園口』について

あらすじ

全体の構成

本書の語り手の男性は、上野公園内の摺鉢山に住んでいたホームレスであり、作品の結末で自死する語り手の言葉で、全編が語られています。
敗戦後から老年に至るまで、家族の死を織り交ぜながら、彼が自死に至るその瞬間まで語られています。
「まもなく2番線に池袋・新宿方面行きの電車が参ります、危ないですから黄色い線までお下がりください」というアナウンスの声と、「プォォォン、ゴォー…」という電車の轟音が作品の冒頭と結末で共通しており、作品の結末の自死から作品冒頭の語りが始まるという構成です。

語り手が現在見ている光景の、一見何の脈絡もない通りすがりの人々の会話の合間に、語り手自身の過去の思い出が断片的に挟み込まれるコラージュのような手法で書かれています。
このようなコラージュ的手法(断片的手法)の作品は、以前に読書会で読んだリュドミラ・ウリツカヤの『通訳ダニエル・シュタイン』を思い起こさせます。
『通訳ダニエル・シュタイン』は、語り手(視点人物)も複数配置されているため、より複雑で多声的な構成と言えます。
以下に、『JR上野駅公園口』の語り手の人生を時系列で整理したいと思います。


語り手の人生を時系列に整理する

昭和8年(1933) 福島県相馬郡八沢村生まれ。姓「森」、愛称「カズさん」
昭和20年(1945) 12歳で敗戦。父母と弟妹7人を養うために、いわきの小名浜漁港に出稼ぎに行く。15歳から20歳まで父のホッキ貝漁を手伝う。
昭和22年(1947)8月5日 行幸した昭和天皇を二万五千の人々と共に原ノ町駅で出迎えた。
昭和31年(1956) 23歳で節子(21歳)と結婚。
昭和33年(1958) 長女の洋子が生まれる。
昭和35年(1960)2月23日 皇太子(現・今上天皇)と同じ日に長男の浩一が生まれる。
「浩宮徳仁親王と同じ日に生まれたから、浩の字をいただき、浩一」と名づけた。
北海道厚岸郡浜中町へ昆布の狩り採りの出稼ぎに行く。同年5月24日発生のチリ地震津波で浜中町は11名が死亡。
昭和38年(1963) 30歳で東京に出稼ぎに行く。谷川体育(株)に入り、競技場や体育施設の建設現場で働く。
昭和39年(1964) 東京オリンピック開催。昭和天皇の開会宣言をラジオで聞く。

昭和56年(1981) 長男の浩一が21歳で死去。「レントゲン技師の国家試験に合格した」ばかりで、「下宿先のアパートで寝たまま死んで」いた。  
「位牌持ちが居なくなってしまった。位牌持ちが位牌になってしまった。」
「自分は、浩一の死を告げられてから努力している。
これまでも働く努力はしてきたけれど、今している努力は、生きる努力だ。
死にたいというよりも、努力することに、疲れた。」
平成5年(1993) 60歳で出稼ぎをやめ、郷里の八沢村に帰る。長男の帰郷を待っていたかのように、父母が相次いで死去。

平成12年(2000) 妻の節子が65歳で急死。「自分は酒に酔って熟睡し、隣で妻が息を引き取ったことに気付かなかった。自分が殺したも同然だ」と思う。
長女・洋子の娘である麻里が、祖父の世話のために同居を始め、孫娘と飼犬コタロウと暮らす。「浩一も節子も眠りに命をとられてしまった」と思い、不眠になる。
「二十一歳になったばかりの麻里を、祖父である自分とこの家に縛るわけにはいかない」と考え、「探さないでください」と書き置きを残して家出。
67歳の時から、上野恩賜公園でホームレスとして暮らす。
「ここで暮らしはじめた六十七歳の時から、何度この銅像を見上げたかわからない」
平成18年(2006年)11月20日 73歳の時、「山狩り」と呼ばれる行幸啓直前の「特別清掃」が行われ、上野公園を退去させられる。一か月間で「五度目」の「山狩り」。
「山狩り」当日、「天皇陛下の御料車」(現・上皇陛下夫妻)に出くわす。
同じ「昭和八年」生まれの天皇と自分を、「一本のロープ」が仕切っている。 「何か言えば聞いてもらえる」と思うが、「声は空っぽ」だった。
「自分は、一直線に遠ざかる御料車に手を振っていた。」
昭和28年8月5日に原ノ町駅に行幸した昭和天皇の姿と「天皇陛下、万歳!」の二万五千人の声、ラジオから流れる昭和天皇のオリンピック開会宣言の声、長男・浩一が生まれた日にラジオから流れた「皇太子妃殿下は、本日午後四時十五分、宮内庁病院でご出産、親王がご誕生になりました。御母子共にお健やかであります」というアナウンサーの声がフラッシュバックした。
涙が込み上げ、生まれて初めて「悟る」という言葉を思い付いた。その直後、JR上野駅公園口の改札を通る。
「東北新幹線はやて」の文字を見たが、「もう望郷の念で胸が高鳴ったり、胸が締め付けられたりすることはなかった」。
「まもなく2番線に池袋・新宿方面行きの電車が参ります、危ないですから黄色い線までお下がりください」という、いつものアナウンスが聞こえ、「黄色い線」を越えて線路上に身を投げた。
「黄色い線の上に立って目を閉じ、電車が近付いてくる音に全身を傾けた。
プォォォン、ゴォー、ゴトゴト、ゴトゴトゴト、ゴト、ゴト......
心臓の中で自分が脈打ち、叫び声で全身が撓んだ。
真っ赤になった視界に波紋のように広がったのは、緑だった。」
語り手が自死した瞬間、故郷を大震災が襲い、大津波に孫娘・麻里と飼犬が飲み込まれる光景を見る。

平成24年(2012) 上野公園に語り手が戻ってくる。
「でも、気が付くと、この公園に戻っていた。」
語り手は公園の風景を見つめ、ラジオから流れる国会中継の声を聞き、ホームレス仲間の「シゲちゃん」が死んだという声を聞く。
上野の森美術館でルドゥーテの薔薇の絵を見て、美術展を訪れた婦人たちの話し声を聞く。
自死の直前に聞いた「まもなく2番線に...」というアナウンスの声と電車の轟音が、絶え間なく聞こえている。
ずたずたに引き裂かれたけれど、音は死ななかった。
捕まえて閉じ込めることもできなければ、遠くに連れ去ることもできない、あの音ー。
耳を塞ぐこともできなければ、立ち去ることもできない。
あの時からずっと、あの音の側に居る。


感想と考察

語り手の声は「死者の声」なのか?

語り手の自死は、「山狩り」当日の2006年11月の出来事です。
しかし、自死の瞬間に立ち現れる地震と津波の光景は、本人が知らない未来、2011年3月11日に起こった出来事です。
語り手の現在聞こえるものの中に、自死後に起こった未来の出来事が語られています。
「死んじゃったんだよ、シゲちゃん、コヤで冷たくなってたんだよ」
インテリホームレスであった「シゲちゃん」は、語り手の自死時点では生きていました。
語り手は、自分がシゲちゃんに何も言わずに自死したことで、次のように語ります。
「シゲちゃんのコヤでワンカップ大関を呑んだあの夜からひと月後に、自分は居なくなった。シゲちゃんは悲しんだろうか?」
語り手は自死後に死者となって上野公園へ戻り、死者の耳でホームレスの老女の噂話を聞き、シゲちゃんの訃報を知ったと言えます。
「死ねば、死んだ人と再会できるものと思っていた。遠く離れた人を、近くで見ることができたり、いつでも触れたり感じたりすることができると思っていた。死ねば、何かが解るのだと思っていた。その瞬間、生きている意味や死んでいく意味が見えるのだと思っていた。霧が晴れるようにはっきりと―。
でも、気が付くと、この公園に戻っていた。どこにも行き着かず、何も解らず、無数の疑問が競り合ったままの自分を残して、生の外側から、生存する可能性を失った者として、それでも絶え間なく考え、絶え間なく感じて―。」

すなわち、語り手の現在は死者であり、「生の外側」にある存在として、「この公園」に留まっているのです。

わたしが上に整理した年表で、語り手の現在を2012年と推測したのは、コヤのラジオから流れる国会中継の声が証拠です。
「昨年の三月の事故を踏まえて、複雑な感情を持っていらっしゃる国民がたくさんいらっしゃることも承知しておりますけれども、それを踏まえて、国論を二分するテーマについてもしっかりと責任ある判断をしなければいけないのが政治の役割だと思っておりますので、折につけそういうご説明はしていきたいという風に思います」
「サイトウヤスノリくん」
「その作られた安全基準というのが、安全神話のもとで作られた安全基準で、それを稼働させるということで、皆さんは矛盾に感じられて怒っているわけでございます。今回の再稼働はどう見たっておかしいという怒りの声ですので、是非、総理、よく考えて判断していただきたいと思います...」

「内閣総理大臣」
「色々なアンケートがあると思います。それぞれ色々なアンケートをしていることも承知でございますけれども、基本的には、被災者の皆様のためには、これは、我が政権は昨年の九月に発足をしましたけれども、震災からの復興、そして原発事故との戦い、日本経済の再生、これは最優先かつ最大限の課題として位置付けております。そして、被災者のために寄り添った政策というものは、しっかりとこれからもやっていきたいと思います」

この国会中継の声は、2011年9月発足の野田佳彦内閣に当たります。
国会中継の声から推測すれば、語り手の現在は東日本大震災後の2012年であると考えられます。
したがって、語り手は死者の視点で2012年の公園の風景を俯瞰し、ホームレスの話し声や通行人の話し声を耳にしながら、自分の過去の思い出を振り返っているのです。
彼の語りは、上野恩賜公園という場所を中心に、そこでホームレスとして過ごした彼の生前の生活と、彼の死後も続いているホームレスたちの日々を追っています。


語り手は「運がなかった」のか?

読書会では、語り手自身の「運がなかった」という言葉をめぐり、議論となりました。
作品冒頭で語り手は、「容姿よりも、無口なことと無能なことが苦しかったし、それよりも、不運なことが堪え難かった。運がなかった。」と語っています。
息子・浩一が21歳の若さで急死した時、母親の言われた「おめえはつくづく運がねぇどなあ…」という言葉を、彼は三度も繰り返して思い返しています。
このように、語り手自身や家族は「運がなかった」と言っていますが、本当に「運がなかった」だけでしょうか?
彼が12歳から出稼ぎに行って働かなければいけなかったのは、本当は社会の歴史的・構造的問題です。
しかし、彼自身はその社会の理不尽さに目を向けず、「運がなかった」と言って自分を無理に納得させ、受け入れていると言えます。
作者は、そんな語り手の姿を描くことで、彼の境遇は「運」だけの問題ではなく、社会の構造的な問題であり、その理不尽さに抵抗し、闘わなければならないというメッセージを読者に伝えている、という意見が出されました。
だからこそ作者は、語り手と天皇(現・上皇)を同じ年生まれ、息子・浩一と皇太子(現・今上天皇)を同じ年生まれに設定し、両者を対比させることで、天皇制の問題を描き出していると言えます。

語り手は「運がなかった」のではなく、教育の問題ではないかとわたしは感じました。
「終戦の時は、十二歳だった。戦争に敗けて悲しい、惨めだということよりも、食っていくこと、食わせることを考えなければならなかった」
教育を受けなければ、人権を意識することも、労働者の権利に目覚めることもないし、労働環境の改善のために一致団結するという考えも生まれません。
資源管理や自然環境保護という意識もないため、かつて父親を手伝っていたホッキ貝漁では、地元の漁師たちがホッキ貝が枯渇するまで採り尽くしてしまいます。
息子・浩一と妻・節子が、二人とも就寝中に突然死したことは、先天性心疾患の家系だったではと推測できますが、知識がなければ、元気なうちにあらかじめ検診や治療を受けようと思わないでしょう。
家族内で突然死が多発したとしても、遺伝的背景を疑う前に、やはり「運がなかった」と考えてしまうかもしれません。


インテリホームレスの「シゲちゃん」は、語り手とは対照的に、高い教育を受けてきたことが窺える登場人物です。
シゲちゃんは、上野恩賜公園につながりの深い歴史上の大事件を語り手に教えます。
寛永寺と関東大震災(1923年9月1日)、「時忘れじの塔」と東京大空襲(1945年3月10日)、「西郷隆盛像」と西南戦争(1877年)、「彰義隊士の墓」と上野戦争(1868年)など、元は教員であったかのような流暢な口調で語って聞かせます。

そんなシゲちゃんは、平成18年11月に「山狩り」の通告を受けて、「通りからは見えない場所にあるコヤまで撤去が強制されるということは、行幸啓の機会を利用して、上野公園で暮らす五百人ものホームレスを公園から追い出そう」という意図があり、「ホームレスは公園から締め出しを食らって路頭に迷う」、「行幸啓の時は、雨が降っていようが雪が降っていようが台風が接近していようが、コヤを畳んで公園の外へでなければならない」という理不尽さに憤り、飼い猫エミールに向かって自分が直訴状を書くから、天皇に「直訴してくれませんかね」と言うのです。
「わたしが直訴状を書くから、黒塗りの御料車が来たら、お願いの儀がございます! お願いの儀がございます! と飛び出して直訴してくれませんかね。エミールだったら警官にだって取り押さえられないでしょう。伏テ望ムラクハ聖明矜察ヲ垂レ給ハンコトヲ。臣痛絶呼号ノ至リニ任フルナシ。平成十八年十一月 草莽ノ微臣エミール誠恐誠惶頓首頓首」

この言葉は、足尾鉱毒事件について、田中正造が政府の対応に絶望し、議員辞職して、最後の手段として明治天皇へ直訴しようとしたその直訴状からとられています。
明治34年(1901)12月10日、明治天皇に直訴しようとしましたが、捕らえられて果たすことはできませんでした。
意味としては、「謹んでお願い申し上げることは、陛下が思いやりをお示しいただきたいことであります。そうしていただけるなら私は、感動の涙で泣き叫ぶことに違いありません。平成十八年十一月 在野のとるにたらない人間 エミール、恐れ多くも平伏して」となります。
シゲちゃんは、このような文語体の文章がすぐに思い浮かぶほどの教養の持ち主ですが、実際に「山狩り」当日に直訴をすることはありません。
一方、語り手は天皇(現・上皇)夫妻を乗せた車列が目の前を通った時、「何か言えば聞いてもらえる」と思いますが、「声は空っぽ」で何も言えず、「自分は、一直線に遠ざかる御料車に手を振っていた」のです。
したがって作者は、語り手のような教育を満足に受けられず、「運がなかった」と社会の理不尽を受け入れるしかない人々と、高い教育を受け、社会の格差や断絶を理解していても、その問題に沈黙し続ける人々、その両方を描いていると考えられます。


「ルドゥーテの『バラ図譜』展」の意味とは?
本書に登場する、上野の森美術館の「ルドゥーテの『バラ図譜』展」は、2012年6月6日~25日の会期で実際に開催されていました。
語り手は、ルドゥーテの薔薇の絵を眺めながら、美術展を訪れた婦人たちの薔薇とは無関係な会話を聞きます。
これらは、語り手が自死した2006年以後の出来事であり、死者の目で薔薇展を見て、婦人たちの声を聞いています。
もしホームレスの肉体を持ったままだったら、警備員に排除され、美術展に自由に入って絵を眺めることなどなかったでしょう。

語り手は、「郷里の八沢村では薔薇を栽培している家なんてなかった」と思い、初めて手にした薔薇は、50歳頃に弘前の運動場建設の出稼ぎに行った時に、キャバレー「新世界」で触れた薔薇だったことを思い出します。
「新世界」のホステス純子は、福島県双葉郡浪江町の出身であり、彼女の兄弟は原発で働いていました。
浪江町は、東日本大震災と原発事故の影響を受けて、全町避難を強いられ、2020年現在も町内の大半が帰還困難地域とされています。
弘前へ出稼ぎに行っていた純子は、二十数年後には郷里の浪江町に戻り、夫や子供たちと暮らしていたかもしれません。
原発で働いていた彼女の兄弟も、浪江町で妻子や孫たちと暮らしていたことでしょう。
作者が、浪江町出身の純子という登場人物を配置したのは、ルドゥーテの美しい薔薇の絵を婦人たちが眺めていた時、純子や兄弟やその家族は避難を余儀なくされ、仮設住宅で暮らしていたのではないか、と読者に想像させる意図があったと考えます。

東日本大震災の死者・行方不明者は、関連死含めて二万人を超えます。
震災がれきは、2012年5月時点で、まだ1.1%しか処理できていない状況であり、数多くの被災者が仮設住宅で暮らしていました。
一方、東京では華やかな薔薇展が開かれ、美術展に訪れた人々は、被災地や被災者のことなど全く思い出すことがない光景が描かれます。
わずか1年でこれほど忘れ去られ、東京の人々は震災前と変わらない日常生活を送っていることに、被災地との深い断絶を感じました。
作者が、語り手の現在を2012年に設定したのは、大災厄の後も変わらない日常を描くことで、格差や断絶を伝えたかったからではないかと考えます。


『JR上野駅公園口』における死生観

語り手の死生観は、先祖代々の浄土真宗本願寺派の信仰に根ざしています。
文化3年(1806)に、越中国砺波郡(現在の富山県高岡市)の僧侶が、浄土真宗門徒を先導して現在の南相馬市鹿島郡に移民した郷土史が語られています。
江戸後期、天明の飢饉により藩領の人口が激減し、奥州中村藩では復興のため浄土真宗移民政策が行われました。
毎年10戸ずつ北越の人々を招き、天保11年には檀家数が80戸を超えたそうです。

語り手の妻・節子は、長男・浩一が急死した時、勝縁寺の住職に「浩一は浄土さ行ったんだべか?」と聞きます。
住職は「浄土真宗の教えでは、亡くなるということは、往生と言って、仏様に生まれ変わるということなので、悲嘆に暮れることはありませんよ。阿彌陀仏というのは全ての命を済うと誓ってくださった仏様です」と説法し、「浩一くんは菩薩として我々の許に還ってきますよ」と慰めました。

「気が付くと、この公園に戻っていた」という語り手は、先祖代々の信心に基づいて「菩薩」となって公園へ還ってきたのでしょうか?
語り手は、「死ねば、死んだ人と再会できると思っていた。遠く離れた人を、近くで見ることができたり、いつでも触れたり感じたりすることができると思っていた。死ねば、何かが解るのだと思っていた」ため、自死する直前は先に死んだ息子や妻との再会の希望を持っていたと考えられます。
しかし、自死した直後から始まった死後の生は、彼の予期していたものではなかったと言えます。
息子にも妻にも会えず、「どこにも行き着かず、何も解らず、無数の疑問が競り合ったまま」の自分があるだけでした。
語り手には、大津波に飲み込まれた孫娘・麻里と飼犬を救い出す力はなく、ただ見ることしかできなかったのです。
「抱き締めることも、髪や頬を撫でることも、名前を呼ぶことも、声を上げて泣くことも、涙を流すこともできなかった。犬の鎖を握り締めた麻里の右手の白くふやけはじめた指紋の渦をじっと見ていた」

すなわち、語り手は先祖代々の真宗門徒でしたが、「真実の悟り」を開いた「仏様に生まれ変わる」ことはなく、「阿彌陀仏様より位が下の菩薩となって還って」きたわけでもないと言えます。
「菩薩」となって「今この娑婆で苦しんでいる我々を済う」力があれば、孫娘の命を救うことも出来たでしょう。

以前、「異世界文学の系譜:「指輪物語」から「異世界転生」まで」という記事の中で、人間が生と死と向き合う際に、別世界の提示によって現実を多重化し、魂の救済を表していると考察しました。
清らかな「お浄土」に往って生まれ変わり、先に死んだ家族とも逢うことができるという死生観は、まさに別世界の提示による魂の救済と言えます。
しかし、作者は死後の生を「お浄土に往生」するのではなく、自分自身が不在の現世として描いています。
現世は苦しみであり、死後の生も苦しみであるなら、語り手の魂はどこにも救いがないことになってしまいます。
本書が「死者の声」によって語られた「死後の生」を描いた作品であり、この語り手には魂の救いが永遠にないと気づいた時、わたしは深い絶望を感じました。

作者が、現世に常に閉じられた空間(閉鎖的現世)として死後の世界を描いたことで、逆説的ですが、自死への戒めとして読者に伝わってきます。
また、現代の我々が、伝統宗教の死生観を信じきれず、死の意味や死後の生に対する不安や虚無感を強く持っていることを示しているとも言えるでしょう。
さらには、死後に辿り着く世界が苦しみの現世では絶望しかないため、現実世界を少しずつでも苦しみのない世界へと変えていかなければならない、という作者のメッセージかもしれません。



2.英訳"Tokyo Ueno Station"について


ニューヨーク・タイムズの2020年11月27日刊行の記事では、"Yu Miri won a National Book Award for “Tokyo Ueno Station,” a novel whose main character is the ghost of a homeless construction worker."(ホームレスの建設作業員の幽霊が主人公の小説『東京上野駅』で柳美里が全米図書賞を受賞)と題され、本書の内容や柳美里の経歴が詳しく紹介されていました。

この記事で、英訳者のMorgan Gilesは、最初にこの小説に惹かれたのは福島原発事故についての他の作品を読んでいたからだったが、この物語は"resonated much more globally. So many people are living in regions stripped of their resources and people and forgotten for that sacrifice."(より世界的に心に響いた。多くの人々が、資源や人を奪われた地域で暮らし、その犠牲のために忘れ去られている)と言っています。

読書会でも、本書における方言や浄土真宗、天皇制などの英訳がどうなっているのか話題になったので、抜粋してご紹介します。
まずは、天皇制をめぐる表現をどう英訳しているのか、見てみましょう。最初に原文、続いて英訳文を引用します。

「皇太子妃殿下は、本日午後四時十五分、宮内庁病院でご出産、親王がご誕生になりました。御母子共にお健やかであります」
昭和二十五年二月二十三日、ラジオのアナウンサーが快活な声でニュースを読み上げた。

TODAY AT FOUR FIFTEEN P.M., THE CROWN PRINCESS GAVE BIRTH TO A SON AT THE IMPERIAL HOSPITAL. MOTHER AND CHILD ARE DOING WELL.
It was the twenty-third of February, 1960. I heard the announcer read the news exultantly over the radio.

浩宮徳仁親王と同じ日に生まれたから、浩の一字をいただき、浩一と名付けようと思った。

As he was born on the same day as the crown prince’s first son, I decided that we would call him Kōichi, borrowing the first character of the prince’s name for the first of his own.
原文(日本語)では「浩宮徳仁親王」と表現している箇所が、the crown prince’s first son(皇太子殿下の長男)、同じく「浩の一字」という箇所が、the first character of the prince’s name(皇太子殿下の名前の最初の一字)と訳されています。

お召し列車から降りられたスーツ姿の天皇陛下が、中折れ帽のつばに手を掛けられ会釈された瞬間、誰かが絞るような大声で「天皇陛下、万歳!」と叫んで両手を振り上げ、一面に万歳の波が湧き起った-。

At the moment that the emperor, dressed in a suit, descended from the royal train and touched his hand to the brim of his fedora in greeting, we cried out, “Long live the emperor! Banzai!” as if it were being wrung out of us, and we raised our arms in the air, a wave of banzai welling up.

自分と天皇皇后両陛下の間を隔てるものは、一本のロープしかない。飛び出して走り寄れば、大勢の警察官たちに取り押さえられるだろうが、それでも、この姿を見てもらえるし、何か言えば聞いてもらえる。
なにか-。
なにを-。
声は、空っぽだった。
自分は一直線に遠ざかる御料車に手を振っていた。
声が、聞こえた-。
昭和二十二年八月五日、原ノ町駅に停車したお召し列車からスーツ姿の昭和天皇が現れ、中折れ帽のつばに手を掛けられ会釈された瞬間、「天皇陛下、万歳!」と叫んだ二万五千人の声-。

Only tape separated me and Their Majesties. If I ran out toward them, I was sure to be snatched by police, but they would see me and hear me if I said something
Something—
But what?
My throat was empty.
As the car went on into the distance, I waved after it.
He had heard my voice.
On August 5, 1947, Emperor Hirohito had appeared, wearing a suit, as he stepped down from the imperial train that had stopped at Haramachi Station, and the moment he put his hand to the brim of his hat in greeting, I was one of the twenty-five thousand voices that cried, “Long live the emperor!”

「天皇皇后両陛下」をTheir Majesties、「昭和天皇」をEmperor Hirohito、「天皇陛下、万歳!」をLong live the emperor!と訳しています。


次に、浄土真宗と方言をどのように英訳しているのか、見ていきます。

「如是我聞・一時佛在・舍衞國・祇樹給孤獨園・與大比丘衆・千二百五十人俱・皆是大阿羅漢・衆所知識・長老舍利弗・摩訶目犍連・摩訶迦葉……」
目を閉じ、呼吸を整え、阿彌陀経に集中しようとしたが、動悸が喧しく、喉の底から血の塊が突き上げ、吐くかもしれないと思ったほどだった。
南無阿彌陀、南無阿彌陀、南無阿彌陀と念仏を称えるお袋の声が右耳のすぐ側で聞こえ、和讃を称えるために口を動かしてみた。

“I, Ananda, heard the following from the Buddha, Shakyamuni. At one time, Shakyamuni was at the Jetavana in Shravasti, as many as twelve hundred and fifty people there assembled, and they were especially eminent monks, among them the elders Shariputra, Mahamaudgalyayana, Mahakashyapa. . . .”
I closed my eyes and took a breath, trying to focus on the Amida Sutra, but the palpitations were so strong I thought I might vomit, a mass of blood threatening to rise from the bottom of my throat at any moment.
Namu Amida Butsu, Namu Amida Butsu, Namu Amida Butsu . . . I heard my mother just next to my right ear chanting the nembutsu, and I tried to sing the hymns with the others.

これは、語り手の長男・浩一の葬儀の場面です。
「南無阿彌陀」という念仏は、Namu Amida Butsuと音訳していますが、「如是我聞...」は経文の意味を英訳しています。
この漢文を書き下し文にすると、「是の如く我聞く。一時、仏、舎衛国の祇 樹給孤独園にましまして、大比丘の衆、千 二百五十人と倶なりき。皆これ大阿羅漢 なり。衆に知識せらる。長老舎利弗、摩訶 目犍連、摩訶迦葉...」となります。
英訳の意味は、「私、アーナンダは釈迦牟尼仏から次のようなことを聞きました。ある時、釈迦牟尼はシュラヴァティのジェタヴァナにいましたが、そこには1250人もの人々が集まっていて、彼らは特に高名な僧侶であり、その中には長老シャーリプトラ、マハマウドガリヤーヤナ、マハーカーシヤパがいました。」となります。
日本語の読者にとって、漢文の経文は現代語訳ではないため、その意味するところが分かりにくいです。
英語の読者の方が、経文の意味を分かった上で、物語を読み進めることができそうです。

「弘誓ノチカラヲカフラズバ
イヅレノトキニカ娑婆ヲイデン
佛恩フカクオモヒツゝ
ツ子ニ彌陀ヲ念スベシ
娑婆永劫ノ苦ヲステゝ
淨土无爲ヲ期スルコト
本師釋迦ノチカラナリ
長時ニ慈恩ヲ報ズベシ」
親父とお袋は、どんなに具合が悪い時でも、朝な夕なのお勤めだけは欠かしたことがなかった。

“Without the strength of the Universal Vow
When could we leave this earthly world?
Thinking of the Buddha’s benevolence
We keep our minds on Amida
And forget the eternal pain of this world
We wait for the Pure Land
With the strength of the Buddha
Let his mercy and goodness be known to the ages. . . .”
My father and mother, no matter how sick they were, always did their devotions each morning and evening.

これは、長男・浩一の葬儀で和讃を称えようとして、語り手が自分の父親が称えていた和讃を思い出す場面です。
和讃とは、日本語で歌う仏教讃歌です。
語り手の父が歌った讃歌は、浄土真宗の宗祖・親鸞聖人が1248年頃に著作した『高僧和讃』に基づいています。
『高僧和讃』は親鸞聖人が、浄土真宗の先達として選んだ七人の高僧を讃える119首の和讃が収められています。
『高僧和讃』の中から、「弘誓のちからをかぶらずは...」は、隋の時代に活躍した善導大師(613年-681年)の功績を讃える歌です。
「弘誓のちからをかぶらずは...つねに弥陀を念ずべし」は、「阿弥陀仏の本願力に救われることなくして、はたしていつ娑婆世界を出ることができるでしょうか。釈尊のご恩に心深く思いめぐらして、常に阿弥陀仏のみ名をお称えしなくては」という意味です。
「弘誓」(ぐぜい)とは、生きとし生けるものを救済しようとする決意、誓いを意味します。
「娑婆永劫の苦をすてて...」の意味は、「娑婆世界の永遠の苦悩を捨てて、阿弥陀仏の浄土に生まれ変わることを願って念仏するようになったのは、本師釈迦のおかげです。長きにわたり釈尊が私たちに慈悲をかけてくださるご恩を思い、念仏いたします」となります。
英訳では、先ほどの阿弥陀経と同じく意味を訳しており、英語読者が浄土真宗の信仰をより理解をしやすいように工夫された、素晴らしい翻訳だと思います。


語り手の父親は、越中国砺波郡から相馬郡八沢村に移住した先祖たちの苦労話を、豊かな方言で語っています。
おらたちは相馬の人のごどを「土着様」って呼ばって、相馬の人たちはおらたちのごどを「加賀者」って呼ばって、「門徒もの知らず」と蔑んだんだ。

“We called Sōma people ‘the natives,’ and they called us ‘Kaga people’ or ridiculed us for ‘not knowing how to worship right.’

「土着様」は、おらたち真宗門徒が朝夕称える「正信偈」の南無阿彌陀の声を遠くから聞いて、ふるさとの加賀に帰りてえって泣いてんだと勘違いして、「加賀泣き」と馬鹿にしただ。
かなり悔しい思いどがしたんだべ。親鸞上人は「念仏者は無碍の一道なり」とおっしゃった。加賀泣きどが言わっちゃぐらい虐めらっち、荒れた土地ごど耕してきた御先祖様のごど思えば、苦しみどが悲しみさ行く道を邪魔さいるごどはねぇ、我が身におきたごどを真っ直ぐ受け止めて生きていがいる-。

“The natives had another nickname for us. They heard our ancestors chanting Namu Amida Butsu during their devotions morning and night and from a distance thought they were crying because they wanted to go back to Kaga. So the natives mocked the ‘Kaga whiners.’
“Boy, did they suffer. But like Shinran said, ‘The nembutsu is the only path without obstacle.’ Our ancestors worked that barren land and were called names, but any pain or sorrow they felt didn’t keep them from their path. Whatever happens to me, I just think about how bad they had it and I take it straight and keep on living.”

息子の葬儀の場面で、父親がかつて語った先祖の苦労話を語り手が思い出したのは、自分の身に起きた一人息子の突然死という苦しみや悲しみを真っ直ぐ受け止めて生きていかなければいけない、と頭で分かっていても、心がついていかないことを表現しているのだと思います。


そして、インテリホームレスのシゲちゃんが、飼い猫エミールに語った文語体の直訴状をどう英訳しているのか、見てみます。

「わたしが直訴状を書くから、黒塗りの御料車が来たら、お願いの儀がございます! お願いの儀がございます! と飛び出して直訴してくれませんかね。エミールだったら警官にだって取り押さえられないでしょう。伏テ望ムラクハ聖明矜察ヲ垂レ給ハンコトヲ。臣痛絶呼号ノ至リニ任フルナシ。平成十八年十一月 草莽ノ微臣エミール誠恐誠惶頓首頓首」

Emile, I’m writing a letter of appeal, so when that black imperial car comes, you can jump out just like Tanaka Shōzō and say, ‘I have a request for Your Majesty!’

「伏テ望ムラクハ聖明矜察...」という文語体の直訴文が、you can jump out just like Tanaka Shōzō and say, ‘I have a request for Your Majesty!(田中正造みたいに飛び出して、「陛下にお願いがあります!」って言えばいいんだよ)と意訳していますね。
原文では、「田中正造」という名前は言わないため、読者は直訴状から田中正造や公害事件について想像する必要があります。
英訳では、Tanaka Shōzōと名前を台詞として言わせているため、シゲちゃんが引用した直訴状の由来をより理解しやすいでしょう。



最後に、わたしは本書を読んで初めて、「山狩り」と呼ばれる行幸啓直前の「特別清掃」について知りました。
キリスト教会がホームレス支援を行っていることは、以前から知っていましたが、ホームレスたちの現実の生活は今まで詳しく知りませんでした。
また、南相馬市に越中国砺波郡から真宗門徒が集団で移住してきたという歴史も、初めて知りました。
語り手の祖父が先祖の苦労話を語って聞かせるのは、移住から七代の末裔であっても、「よそもの」として差別されてきたという意識があることが窺えます。
本書で語られた断片的な人生の記録は、読んでいて心を揺さぶられ、最後の津波の場面では涙が出ました。
両親や弟妹や妻子を養うために、毎日必死に働いてきた語り手が、最後には家出してホームレスとなり、自死を選び取ったことは、他人が勝手にいいとか悪いとか言うことは許されない、と感じました。

孫娘が、見捨てられた飼犬を救助して逃げるのが遅れ、津波にのまれて死ぬ場面は、津波で死んだわたしの知り合いを思い出しました。
読書会でも、東日本大震災の思い出を分かち合い、「津波てんでんこ」という言葉の意味を皆さんと一緒に考えました。
「津波てんでんこ」とは、家族を見捨てて自分だけ逃げろ、という意味ではなく、家族が絶対に逃げていると信頼して、自分も逃げるという意味であり、家族との信頼関係があってこその言葉だそうです。
本書は、全米図書賞を受賞するにふさわしい一冊であると思いました。




引用:柳美里『JR上野駅公園口』(河出書房新社、Kindle版)
Miri Yu "Tokyo Ueno Station" Morgan Giles, Penguin Publishing Group, Kindle 版

参考:ミューラー、宇津木二秀『漢英和対照 英語で読む『般若心経』 付『仏説 阿弥陀経』』(Kindle版)



2020/04/08

芥川竜之介「奉教人の死」

奉教人の死・煙草と悪魔 他十一篇 (岩波文庫)
奉教人の死・煙草と悪魔 他十一篇 (岩波文庫)
  • 発売元: 岩波書店
  • 発売日: 1991/8/8

2018年3月17日の読書会で、芥川竜之介の『奉教人の死』と『きりしとほろ上人伝』を読みました。
芥川竜之介(1892年-1927年)は、国語の教科書に採用されている『羅生門』をはじめ、『地獄変』、『藪の中』、『蜘蛛の糸』など、誰もが一度は読んだことがある名作を数多く遺しています。
『羅生門』や『地獄変』のように、『今昔物語集』や『宇治拾遺物語』といった日本の古典を典拠とする作品は、世代を越えて幅広い人々に読まれています。
このような「王朝物」を得意とした一方で、芥川は『煙草と悪魔』、『神々の微笑』、『誘惑』などの、いわゆる「切支丹物」の作品を初期から死の年まで書き続けました。
『奉教人の死』と『きりしとほろ上人伝』は、一連の切支丹物の中でも、代表作に数えられています。
『羅生門』と比べれば、『奉教人の死』はあまり知られていませんが、芥川のキリスト教やキリスト教信仰に対する視点が描かれている、興味深い作品と言えます。
今回は『奉教人の死』を対象に、その典拠となった『黄金伝説』の「聖女マリナ」の物語と比較しながら、「聖女マリナ」と「ろおれんぞ」の違いを整理し、考察したいと思います。
また、「まるちり」の語源を繙きながら、「ろおれんぞ」の死は「まるちり」なのかについて、考えてみたいと思います。

※ネタバレ注意※

【目次】
1.『奉教人の死』:「ろおれんぞ」の物語
2.『奉教人の死』のルーツを探る
(1)『黄金伝説』より「聖女マリナ」の物語
(2)「聖女マリナ」と『奉教人の死』を比較する
......容姿と年齢
......伴天連、いるまん衆、奉教人衆
......傘張の娘:『十二夜』と比較して
......<無自覚なエゴイズム>:『奉教人の死』から『続西方の人』へ
3.「まるちり」とは何か?
......「ろおれんぞ」の死は「まるちり」なのか?
4. 結びに
おまけ:「聖女マリナ」と「ろおれんぞ」の男装についての考察


1.『奉教人の死』:「ろおれんぞ」の物語

去んぬる頃、日本長崎の「さんた・るちや」と申す「えけれしや」(寺院)に、「ろおれんぞ」と申すこの国の少年がござった。これは或年御降誕の夜、その「えけれしや」の戸口に、飢え疲れてうち伏しておったを参詣の奉教人衆が介抱し、それより伴天連の憐みにて、寺中に養われる事となったげでござるが、何故かその身の素性を問えば、故郷は「はらいそ」(天国)父の名は「でうす」(天主)などと、何時も事もなげな笑に紛らいて、とんとまことは明した事もござない。(芥川竜之介『奉教人の死』、岩波文庫『奉教人の死・煙草と悪魔 他十一篇』より、37-38頁)

このような語り出しで始まる『奉教人の死』(1918年)は、キリシタン時代の長崎を舞台に、主人公「ろおれんぞ」の短い生涯を描いた物語です。
作品の構成における大きな特徴は、「天草本平家物語」を模した歴史的な文体と、文禄慶長期の口語で語る語り手です。
この古風な文体と語り口によって、私たち読者はキリシタン時代に記された本物の古文書史料を読んでいるかのような気持ちになります。

あるクリスマスの夜に、長崎の「さんた・るちや」と呼ばれるキリスト教会の戸口に、「ろおれんぞ」と呼ばれる孤児が行き倒れており、教会に保護されることになったのが、この物語の発端です。
「ろおれんぞ」自身は、自分の出自を明らかにしませんでしたが、手くびにかけていた青玉の「こんたつ」(念珠)を見て、伴天連や「いるまん」(法兄弟)衆は、彼の親はキリスト教徒であろうと考え、彼を手厚く養育しました。
幼い「ろおれんぞ」の信仰の堅固さに、「すぺりおれす」(長老衆)は驚き、彼をよりいつくしみました。

三年あまりの年月が経ち、「ろおれんぞ」が元服すべき時節となった頃、「怪しげな噂」が伝わり始めます。
奉教人衆の一人である「町方の傘張の娘」が「ろおれんぞ」と親しくしているという噂です。
伴天連は、この淫らな噂について「ろおれんぞ」に問いましたが、彼は「そのような事は一向に存じようはずもござらぬ」と涙ながらに否定しました。
一度は疑いが晴れましたが、その「傘張の娘」が妊娠し、彼女が「腹の子の父親は「ろおれんぞ」じゃ」と断言したことで、伴天連と「いるまん」衆一同は「ろおれんぞ」の破門を決定し、彼は教会を追放されました。

行き倒れの孤児であった「ろおれんぞ」にとって、教会からの破門と追放は、その日から生活の手段が絶たれ、衣食住全てにおいて窮することを意味します。
追放後、「ろおれんぞ」は「町はずれの非人小屋に起き伏しする、世にも哀れな乞食」となります。
町を歩けば、「ろおれんぞ」は、「ぜんちょ」(異教徒)の町人たちにさげすまれ、子供たちにあざけられ、石を投げられるようになります。
長崎の町に「恐ろしい熱病」がはびこった時には、「ろおれんぞ」は七日七夜の間、道ばたに伏して、苦しみ悶えました。
このような極貧の乞食生活の中でも、「ろおれんぞ」は朝夕の祈りを忘れず、夜毎ひそかに教会に参詣し、「御主「ぜす・きりしと」の御加護」を祈り続けました。
一方、「傘張の娘」は、娘を出産しましたが、「ろおれんぞ」が姿を見せないのを、怨めしく歎いていました。

追放から一年あまりの後、長崎の町を大火事が襲います。
「傘張の娘」の赤ん坊が火の中に取り残されましたが、あまりの火勢に誰も助けに入らないでいたところ、「ろおれんぞ」が火の中に飛び入って、赤ん坊を助け出したのです。
集まった奉教人衆は、「ろおれんぞ」の行いを「さすが親子の情あい」と罵り、批判しますが、「傘張の娘」だけが狂おしく大地に跪いて、一心不乱に祈りました。
救い出された赤子を抱きしめ、「傘張の娘」は伴天連の足もとに跪いて、ついに真実を告白します。

『この女子は「ろおれんぞ」様の種ではおじゃらぬ。まことは妾が家隣の「ぜんちょ」の子と密通して、もうけた娘でおじゃるわいの』と、思いもよらぬ「こひさん」(懺悔)を仕った。その思いつめた声ざまの震えと申し、その泣きぬれた双の眼のかがやきと申し、この「こひさん」には、露ばかりの偽さえ、あろうとは思われ申さぬ。道理かな、肩を並べた奉教人衆は、天を焦がす猛火も忘れて、息さえつかぬように声を呑んだ。
娘が涙をおさめて申し次いだは、『妾は日頃「ろおれんぞ」様を恋い慕うておったなれど、御信心の堅固さからあまりにつれなくもてなされる故、つい怨む心も出て、腹の子を「ろおれんぞ」様の種と申し偽り、妾につらかった口惜しさを思い知らそうと致いたのでおじゃる。なれど「ろおれんぞ」様の御心の気高さは、妾が大罪をも憎ませ給わいで、今宵は御身の危さをもうち忘れ、「いんへるの」(地獄)にもまがう火焔の中から、妾娘の一命を辱くも救わせ給うた。その御憐み、御計らい、まことに御主「ぜす・きりしと」の再来かともおがまれ申す。さるにても妾が重々の極悪を思えば、この五体は忽「じゃぼ」(悪魔)の爪にかかって、寸々に裂かれようとも、なかなか怨む所はおじゃるまい。』娘は「こひさん」を致いも果てず、大地に身を投げて泣き伏した。(47-46頁)

「傘張の娘」は、「ろおれんぞ」を恋い慕っていましたが、彼が自分の思い通りにならないため、恋心がしだいに怨む心に変わり、「ろおれんぞ」を陥れるために、彼に妊娠させられたと嘘をついていたのです。
伴天連や「いるまん」衆たちは、「傘張の娘」の嘘を信じ込み、「ろおれんぞ」を破門し、教会から追放しました。
「傘張の娘」の「こひさん」(懺悔)によって、「ろおれんぞ」が冤罪であると明らかになり、奉教人衆は「まるちり」(殉教)じゃ、「まるちり」じゃと口々に叫び始めます。

二重三重に群がった奉教人衆の間から、「まるちり」(殉教)じゃ、「まるちり」じゃという声が、波のように起こったのは、丁度この時の事でござる。殊勝にも「ろおれんぞ」は,罪人を憐れむ心から、御主「ぜす・きりしと」の御行跡を踏んで、乞食にまで身を落いた。して父と仰ぐ伴天連も、兄とたのむ「しめおん」も、皆その心を知らなんだ。これが「まるちり」でのうて、何でござろう。(48頁)

はじめ奉教人衆は、「ろおれんぞ」が「傘張の娘」の赤ん坊を助け出したのは、彼らが実の「親子」である証として考え、彼を罵り、批判していました。
しかし、「ろおれんぞ」が冤罪であったと聞いて、彼が火の中から救い出した赤ん坊は、彼の実子でないばかりか、自分を乞食の境涯に陥れた女性の子供であったのだと、奉教人衆はようやく理解します。
「傘張の娘」の罪を憎まず、自分の身の危険を顧みずに、彼女の子供を救い出した「ろおれんぞ」の心の気高さ、憐み深さに感動して、奉教人衆はにわかに「まるちり」であると叫び始めたのです。
そして、重い火傷を負った「ろおれんぞ」の死の間際で、彼の正体が明かされます。

見られい。「しめおん」。見られい。傘張の翁。御主「ぜす・きりしと」の御血潮よりも赤い、火の光を一身に浴びて、声もなく「さんた・るちや」の門に横わった、いみじくも美しい少年の胸には、焦げ破れた衣のひまから、清らかな二つの乳房が、玉のように露れておるではないか。今は焼けただれた面輪にも、自らなやさしさは、隠れようすべもあるまじい。おう、「ろおれんぞ」は女じゃ。「ろおれんぞ」は女じゃ。見られい。猛火を後にして、垣のように佇んでいる奉教人衆。邪淫の戒を破ったに由って「さんた・るちや」を逐われた「ろおれんぞ」は、傘張の娘と同じ、眼なざしのあでやかなこの国の女じゃ。(49頁)

奉教人衆は、「ろおれんぞ」の焦げ破れた衣服の隙間から、清らかな乳房を目撃し、「ろおれんぞ」が女性であることを発見したのです。
「ろおれんぞ」が男装の少女であると明らかになったことで、「傘張の娘」が語った「こひさん」(懺悔)が真実であり、「ろおれんぞ」の潔白が完全に証明されます。
「ろおれんぞ」は、「安らかなほほ笑み」を浮かべて、静かに息を引き取ります。
しかし、無実の罪で「ろおれんぞ」を追放し、乞食に追いやった伴天連や「いるまん」衆、奉教人衆が、自分たちの罪を悔い改め、「ろおれんぞ」に謝罪する場面が一切ないまま、物語は終わるのです。


2.『奉教人の死』のルーツを探る

(1)『黄金伝説』より「聖女マリナ」の物語


発売元: 平凡社
発売日: 2006/6/8

芥川竜之介の『奉教人の死』を論じるにあたって、その典拠とされる「聖女マリナ」の物語について見ていきましょう。
「聖女マリナ」の物語は、ヤコブス・デ・ウォラギネ(1230頃–98)による『黄金伝説』Legenda aurea(1267年頃)の第79章に採録されています。
『黄金伝説』はラテン語で書かれた聖人伝集で、中世ヨーロッパにおいて広く読まれました。
イエス、マリアの生涯をはじめ、ペトロ、パウロ、アンデレなどの使徒行伝や、ミカエルなどの天使物語、迫害時代に処刑された殉教者たちや、死後に聖人とみなされた各地の修道士・修道女たちの生涯が採録されています。
「聖女マリナ」の物語は、次のような筋書きです。

童貞女マリナは、父親のひとり娘であった。しかし、父親は、修道院に入ることになったので、娘を男装させ、男の子に見えるようにした。そして、修院長と修道士たちにたのんで、ひとり息子をつれて修道院に入ることを許してくださいと言った。院長たちは、この願いをみとめた。こうしてマリナは、修道院の一員にくわえられ、修道士マリノスとよばれることになった。以後、彼女は、霊的修道の生活に入り、院長をはじめすべての修道士たちに従順であった。マリナが二十七歳になったとき、父親は、死期の近いことをさとって、娘を呼びよせ、その修道の志を支持し、女であることをだれにも明かしてはならないと厳命した。(ヤコブス・デ・ウォラギネ『黄金伝説 2』、平凡社、「七九 聖女マリナ」328頁)

父とともに男装して修道院に入った一人娘マリナは、マリノスと名乗り、修道士として成長しました。
修道士マリノスは、修道院へ薪を運ぶ仕事を任されることが多くあり、出かけた先の家に泊めてもらうことにしていましたが、その家の娘がある騎士の子を宿してしまいます。
この娘は、修道士マリノスによって妊娠させられたと嘘を言ったのです。
どうしてそんな大罪を犯したのかと尋ねられると、マリノスは罪をみとめて、「わたしは、極悪非道な罪人です」と言い、慈悲を乞いました。

こうして、マリノスは修道院を追放され、修道院の門の近くに住みつき、貰いもののパンくずで飢えをしのぎました。
娘の産んだ赤ん坊は、乳ばなれするとマリノスに引き渡され、彼の手で育てられることになります。
マリノスは、幼児を育てながらさらに二年間を修道院の門前ですごしましたが、「どんな苦労や難儀も辛抱づよく耐えしのび、つねに神に感謝する」ことを忘れませんでした。
ついに修道士たちも、マリノスの「忍耐とへりくだり」を見て、気の毒だと思い、再び修道院に引きとって、いちばん下働きの仕事をやらせることにしました。
マリノスは、いやな顔ひとつしないでその仕事を引き受け、黙々と辛抱づよく言いつけられた任務をはたしました。

こうして長年のあいだ善行をつんだのち、われらの主に召されて世を去った。ところが、修道士たちが修院内の粗末な片隅に葬るために遺体を洗おうとしたところが、マリノスが女であったことがわかったのである。修道士たちは、神に生涯をささげたこの女性にとんでもない侮辱をくわえたことを知って、びっくり仰天した。この大きな奇跡を聞いたすべての修道士たちは、われがちに遺体のそばに集まり、自分たちの不明と犯した罪の赦しを乞うた。それから、聖女の遺体をねんごろに葬った。一方、むかし嘘をついてこの神のはしために自分の罪をなすりつけたあの娘は、その後悪霊にとりつかれて、みなのまえで罪を白状しなくてはならない羽目になった。しかし、彼女が聖女の墓前に近づくと、たちまち悪霊は、彼女からはなれた。このことがあってからは、たくさんの善男善女が墓を詣でるようになり、多くの奇跡が起こった。(329頁)

修道士たちの同情により、再び修道院に下働きとして迎え入れられたマリノスは、その死後にやっと女性であることを発見されるのです。
たとえマリノスが自ら無実の「罪をみとめた」としても、娘の嘘を見破れず、マリノスに長年の労苦を強いた修道士たちの罪は重いでしょう。
修道士たちが自らの罪を悔い改め、死後のマリノスを「聖女マリナ」として崇敬したところに、この説話の宗教的メッセージがあると言えます。

ペトロやアンデレ、パウロの物語のように、異教徒から迫害を受けて拷問の末に処刑される<殉教譚>と、「聖女マリナ」の物語は全く異なります。
マリナ(=マリノス)を苦しめた加害者は、異教徒ではなく、信仰を同じくする修道士たちなのです。
マリナが、娘の嘘を否認せず、無実の罪を認めたのは、騎士の子であることを明かしたくない、娘の心情を思いやったからかもしれません。
嘘をついた娘は、無実の罪を認めたマリナの思いやりに悔い改めることなく、自分の子の養育を押しつける厚顔無恥なふるまいで、罪の上塗りをしています。
娘から押しつけられた他人の子を、自分の子として大切に育て上げたマリナは、篤い信仰心を持ち、忍耐強く、愛情深い女性であると言えるでしょう。

被害者マリナの死を介して、加害者の修道士たちが回心するという構図は、イエスを信じ切れず、「知らない」と否認し(マタイ26:69-75)、十字架の死に追いやってしまった弟子たちが、イエスの死と復活によって、信仰を確かなものにしていく過程とアナロジーがあると言えます。


乙女が男装して修道士となり、死後に女性であったことが発覚するという<修道士処女(モナコパルティノス)>の物語は、もともと東方起源の伝承で、古代教会時代や中世の聖人譚によく登場します。
この「聖女マリナ」伝は、ギリシア語、ラテン語、シリア語、アラブ語、コプト語その他による伝説的な伝記が伝わっています。
実在の「聖女マリナ」は、おそらく5世紀頃、ビテュニア(黒海沿岸部のローマ属州)の生まれで、父に連れられてアンティオキア近在のケノビン、あるいはレバノン北西部のトリポリにある修道院に入ったと伝えられています。

『黄金伝説』に採録されている<修道士処女>の類話としては、聖女テオドラ(87章)、聖女エウゲニア(128章)、聖女ペラギア(144章)、聖女マルガリア(145章)があり、いずれも「聖女マリナ」と同じ系列の聖人伝です。


(2)「聖女マリナ」と「奉教人の死」を比較する



『黄金伝説』の「聖女マリナ」と、芥川竜之介の『奉教人の死』を整理した図表を作成しましたので、比較してみましょう。(上表参照)
上図で示したとおり、「マリナ」と「ろおれんぞ」の共通点と相違点は、次の通りです。

    【共通点】
  • 男装の女性であり、死後に女性であることが発見される
  • 女性を妊娠させたという冤罪で、信仰共同体から追放される

    【相違点】
  1. 家庭環境...マリナ:父子家庭 / ろおれんぞ:孤児
    男装の理由...マリナ:父に命じられて男装 / ろおれんぞ:理由記載なし
  2. 追放された年齢...マリナ:27歳以降 / ろおれんぞ:元服すべき時(14~16歳頃)
    容姿...マリナ:容姿記載なし / ろおれんぞ:美しい顔
  3. 信仰共同体への復帰...マリナ:数年間の乞食生活を経て修道院へ戻る / ろおれんぞ:「さんた・るちや」へ戻れないまま
  4. 死因...マリナ:長年の善行を積み修道院で死ぬ / ろおれんぞ:火事の中から赤ん坊を救出して死ぬ
  5. 死後...マリナ:修道士たちは自分の罪を悔い改め、マリナを聖女として崇敬 /
    ろおれんぞ:伴天連、いるまん衆、奉教人衆は自分たちの罪を悔い改めない。奉教人衆のみが「まるちり」と叫び、伴天連はろおれんぞを聖女として認定しない。

こうして比較すると、「マリナ」と「ろおれんぞ」は、共通点よりも相違点の方が多いことに気づきます。


容姿と年齢


マリナは、父とともに男装して修道院に入りましたが、27歳で父を亡くした後も、自分の意志で男装の修道生活を続けました。
実在したマリナは、5世紀頃に生きていたと伝承されていますが、ローマ帝国時代において、男性の平均寿命は41歳、女性は29歳と言われています。(アルベルト・アンジェラ『古代ローマ帝国 1万5000キロの旅』河出書房新社)
当時、女性の初産の年齢が非常に若かった(14歳以下)ことを考えると、マリナは年齢を重ねた、分別のある熟年女性と言えます。
現代で言えば、40代から50代頃の女性に相当するでしょうか。
乞食生活を耐えしのび、他人の子を養育したマリナは、年齢を重ねた女性にふさわしい落ち着きと忍耐強さ、愛情深さが感じられます。
『黄金伝説』の語り手は、マリナの人格の高潔さにのみ関心があり、彼女の容姿の美醜については全く語っていません。

一方、「ろおれんぞ」が無実の罪で追放されたのは、元服すべき時(14歳から16歳前後)であり、追放から1年あまり後に火事で命を落とします。
また『奉教人の死』の語り手は、「ろおれんぞ」の容姿について、「顔かたちが玉のように清らか」、「美しい顔を赤らめて」、「したたかその美しい顔を打った」、「哀れにも美しい眉目のかたち」と何度も繰り返して、彼女の美しさを語っています。
マリナと比較すると、「ろおれんぞ」は極めて若く、美しい少女と言えます。
「ろおれんぞ」が美少女だったからこそ、男装した際には「傘張の娘」が恋い慕うほどの美少年に見えたのでしょう。
「傘張の娘」との噂が流れた時、「ろおれんぞ」は「涙声」で噂を否定し、問い詰った「しめおん」を逆に咎めた直後、「涙に濡れた顔」で「しめおん」のもとに駆け込んで謝罪します。
分別があり、落ち着いたマリナと違って、「ろおれんぞ」は思春期らしい感情の揺れ動きが見られます。

「さんた・るちや」の中で、「ろおれんぞ」は、「いるまん」の「しめおん」と特に仲睦まじかったことが語られています。
二人の仲睦まじさは、「鳩になずむ荒鷲のよう」とか、「「ればのん」山の檜に、葡萄かずらが纏いついて、花咲いたよう」という、まるで恋人や夫婦を思わせる比喩を用いて語っています。
この「しめおん」に相当する登場人物は、「聖女マリナ」の物語では全く存在しないため、芥川が独自に創作したキャラクターです。
「しめおん」が「ろおれんぞ」に向ける強い愛情は、ホモソーシャル(同性間の社会的絆)ではなく、ホモセクシュアル(性的なもの)に近いように感じます。
「ろおれんぞ」の方も、「しめおん」に対し、信仰共同体における兄弟愛を超えた、異性愛に近い感情を向けています。

このように「聖女マリナ」の物語と比較すると、『奉教人の死』は「ろおれんぞ」の美しい容姿や豊かな表情について、過剰とも感じられるほど多く語っています。
作者である芥川は、「ろおれんぞ」の人間性よりも、女性としての<身体>に、読者の関心を向けさせようとしてるのではないでしょうか。
芥川は、「ろおれんぞ」の若さと美しさを強調し、読者の好奇心をそそった上で、最後に「ろおれんぞ」の「清らかな二つの乳房」を大勢の人目にさらして、なまなましく秘密の暴露を演出したのです。

「聖女マリナ」を下敷きとしたのならば、「ろおれんぞ」が数年間の乞食生活の後に、「さんた・るちや」へ再び戻り、長年の善行を積んで年を重ね、穏やかで静かな死を迎えるという筋書きでも良いはずです。
しかし芥川は、「ろおれんぞ」が追放後からわずか1年あまりで、火事の中から赤ん坊を救出して命を落とすという、ドラマティックな死に方を創作しています。
年を重ねてから女性であったと分かるよりも、若く美しいまま急死した方が、より強烈なエロス的感動を読者に与えるからでしょう。



伴天連、いるまん衆、奉教人衆


「聖女マリナ」を含め、<修道士処女>の系譜の物語において、女性であると発見されることは、彼女たちの名誉回復と聖女への叙列を意味しています。
しかし『奉教人の死』では、伴天連やいるまん衆は「ろおれんぞ」に謝罪していないため、「ろおれんぞ」は名誉回復も聖女への叙列も受けられず、ただの「奉教人の死」とされ、大勢の人々に「刹那の感動」を消費されただけなのです。
本作品が、『聖ろおれんぞ伝』ではなく、『奉教人の死』と題されていることに、「聖女マリナ」と「ろおれんぞ」の最も大きな違いがあり、芥川の意図が表現されていると言えます。
「傘張の娘」の「こひさん」を聞いた直後、伴天連は次のように奉教人衆へ語りかけます。

『悔い改むるものは、幸じゃ。何しにその幸なものを、人間の手で罰しようぞ。これより益、「でうす」の御戒を身にしめて、心静に末期の御裁判を待ったがよい。また「ろおれんぞ」がわが身の行儀を、御主「ぜす・きりしと」とひとしく奉ろうず志はこの国の奉教人衆の中にあっても、類稀なる徳行でござる。別して少年の身とはいい--』(49頁)

「ろおれんぞ」を陥れた罪を告白し悔い改めた「傘張の娘」に対して、人間が罰するものではなく、最後の審判に際して、神が裁くものであると、伴天連は教会の権威を持っておごそかに説教します。
続けて、「ろおれんぞ」の行いを「類稀なる徳行」と誉めますが、伴天連は「ろおれんぞ」を破門した自らの愚かさには全く目を向けていないのです。
「ろおれんぞ」が女性であると発見した伴天連は「ろおれんぞ」に対する説教を最後まで言い終えることなく、「かれびた頬の上には、とめどなく涙が溢れ流れる」ばかりとなります。

伴天連が涙したにもかかわらず、その後に「ろおれんぞ」が聖女としてねんごろに葬られたという記述はありません。
伴天連は、「いるまん」衆や奉教人衆を導く宗教的指導者であるため、自らの罪を認めて悔い改め、「ろおれんぞ」の名誉を回復し、死後の「ろおれんぞ」を聖女としてねんごろに葬る責任があります。
「聖女マリナ」の物語で、修道士が果たしていたこの役割を、伴天連は全く果たしていないのです。
伴天連が立場にふさわしい責任を果たしていないせいで、伴天連が涙した場面は、<加害者の回心>という聖人伝本来の宗教的感動による涙ではなく、「清らかな二つの乳房」の「エロス的感動」によって涙したかのように解釈できます。
芥川は、「ろおれんぞ」の若さと美しさを強調して<女性の身体の発見>を描き出した上で、<加害者の回心>はあえて描かないことによって、読者に伴天連への疑いをいっそう深めさせる効果を生み出しているのです。


「傘張の娘」の「こひさん」を聞いて、「傘張の翁」と「しめおん」は「胸を破った」(48頁)と語られています。
「ろおれんぞ」が本当は無実であったことに、「胸を破った」ほど驚いたにもかかわらず、二人とも「ろおれんぞ」を苦しめたことに対する謝罪の言葉を何も言わないまま、介抱している様子に、読者としては違和感を感じます。
<加害者の回心>が描かれていない点においては、「しめおん」を含む「いるまん」衆も、「傘張の翁」を含む奉教人衆も同じと言えるでしょう。
奉教人衆は、自分たちの罪を悔い改めない上に、「ろおれんぞ」の行いを「まるちり」(殉教)と勝手に名付けて、伴天連に代わって「ろおれんぞ」を聖化しようとしています。
伴天連が「ろおれんぞ」の名誉を回復し、聖女として認める前に、勝手に「ろおれんぞ」を聖化しようとする奉教人衆の言動は、逆説的に伴天連を批判することとなり、教会の権威を内側から傷つけていると言えます。

伴天連や教会の公認を通り越して、「まるちり」と叫ぶ奉教人衆の内心には、非業の死を遂げた人の魂を鎮め、神として祀る御霊信仰と近い意識が、根強くあると解釈できます。
本来の「聖女マリナ」の物語では、<加害者の回心>が最も重要な宗教的メッセージです。
奉教人衆が回心しないまま「ろおれんぞ」を聖化しようとする行為は、今後も全く反省なく、第二・第三の「ろおれんぞ」を生み出す<加害者>であり続ける危険性を示唆しています。
したがって、「ろおれんぞ」の物語において、芥川は宗教的に最も重要な<加害者の回心>を削除し、「ろおれんぞ」を聖化せず、一人の「奉教人の死」としたことで、全く異なるメッセージの物語へと書き換えたと言えるのです。


傘張の娘:『十二夜』と比較して


発売元: 光文社
発売日: 2007/11/20

また、「聖女マリナ」の物語では、マリナが女性であると発見され、修道士が自分たちの罪を悔い改め、彼女を聖女としてねんごろに葬った後に、マリナを陥れた女性が「みなの前で罪を白状しなくてはならない羽目になった」と語られています。
一方、「ろおれんぞ」の物語では、「傘張の娘」が自分の罪を告白した場面の後に、「ろおれんぞ」の女性の身体の発見が配置されています。
嘘つきの女性の懺悔が、<女性の身体の発見>の前なのか、後なのかでは、その懺悔の解釈が大きく変わってきます。

自分の嘘が発覚した後で、嫌々ながら罪を白状した女性と比較して、「傘張の娘」は自分の嘘が発覚する前に、「ろおれんぞ」の自己犠牲に心動かされ、自分の意志で罪を告白しています。
「ろおれんぞ」の物語の中で、この「傘張の娘」だけが<加害者の回心>をしていると言えます。
「傘張の娘」は、大勢の人々の前で自分の罪を認めて悔い改め、「ろおれんぞ」の無実を明らかにしたことで、贖罪を果たしたと解釈できます。
前述したように、伴天連や「いるまん」衆、奉教人衆に対して、芥川はかなり批判的に、いっそ悪意を感じさせるほど皮肉に描き出しています。
彼らとは対照的に、芥川は「傘張の娘」には懺悔と贖罪の機会を与え、「聖女マリナ」の嘘をついた女よりも同情的な筋書きへと変えているのです。

「ろおれんぞ」の美しさを過剰に強調する演出によって、「傘張の娘」が「ろおれんぞ」に魅了され、強く恋い焦がれる心情が、読者に分かりやすく伝わります。
ウィリアム・シェイクスピアの『十二夜』(1601年-1602年頃)では、「ろおれんぞ」と「傘張の娘」の関係と同じように、男装した女主人公をめぐる恋のすれ違いが描かれています。
女主人公ヴァイオラは、シザーリオという名前で男装し、オーシーノ公爵に仕える小姓として生活していましたが、伯爵令嬢オリヴィアに一目惚れされてしまいます。
ヴァイオラは、主であるオーシーノ公爵をひそかに愛しており、自分の恋がかなわない気持ちと、オリヴィアの恋が決してかなわないことを重ねて、悲しむ場面がとても印象的です。

お目当ての男とは、この私なのね! もしそうなら―いえ、そうとしか思えないけど、かわいそうに、あの方、いっそ、夢にでも恋するほうがましというもの! 表を偽るこの変装というやつ、なんて悪いやつなの、お前は。この手を使って、ずるい悪魔も美しい上面を飾り、ひどい悪事を働くんだわ。外見だけは立派でも、腹の黒い男どもが、ロウのように柔らかい女の心に、その姿形を刻印するのは、いかにたやすいことだろう。でも、その原因は、女心の力なさ、私たちが悪いんじゃない。だって、悲しいことに、私たち、そう生まれついているんだもの。でも、いったい、どうなるの? これ。オーシーノ様は、あんなにあの方を恋してらっしゃる。そして私は―女で、男の、この化物みたいな私は、こんなにもオーシーノ様を愛している。おまけにあのお嬢様は、私を男と思い違えて、私に夢中になっているらしい。どうなるというんだろう、これは。私は男。オーシーノ様の愛を得られる望みはない。私は女。かわいそうに、オリヴィア様がどれほど嘆きを募らせようと、甲斐はない! ああ、ここまで絡んでしまった糸の縺れ、私の手では、もう、どうにも解きようはない。「時」の手にゆだねるほかに、手はないのね。(ウィリアム・シェイクスピア『十二夜』、二幕二場より、光文社)

『十二夜』のヴァイオラと同じく、男装の女性である「ろおれんぞ」が、「傘張の娘」の恋心をかなえることは絶対に出来ません。
ヴァイオラと比較すると、「ろおれんぞ」が「傘張の娘」に対して、彼女を騙している後ろめたさを感じたり、決して成就することのない彼女の想いに同情する様子は描かれていません。
一方で、「傘張の娘」との噂を問い詰めた「しめおん」には、「ろおれんぞ」は彼を咎めた後に、わざわざ戻って来て「私が悪かった。許して下されい」(40頁)と謝罪します。
この台詞から、「ろおれんぞ」が「しめおん」に対して、自分の性別を偽っていることへの罪悪感を抱えていたことが分かります。
「ろおれんぞ」は、自分が性別を偽り、「しめおん」を騙しているせいで、彼が自分と「傘張の娘」との噂を信じ、自分を問いただしたことを、きちんと理解していたと言えます。
このように「ろおれんぞ」は、「しめおん」の心情に対しては理解し、配慮していますが、「傘張の娘」に対しては配慮する場面が全く無いため、「傘張の娘」の心情を理解していないか、理解しながら無視していたことになります。

「傘張の娘」との噂が立つほど、彼女の積極的なアプローチを受けて、「ろおれんぞ」が「傘張の娘」の恋心に気づいかないはずがありません。
「ろおれんぞ」は、「傘張の娘」の恋心に気づいていながら、彼女の恋心の真剣さを侮っていたと言えるでしょう。
「ろおれんぞ」が「傘張の娘」の心情を無視し続け、「あまりにつれなく」(47頁)接したせいで、彼女の内心に「怨む心」が生じる結果となります。
「傘張の娘」の気持ちが本気だったからこそ、「ろおれんぞ」に「あまりにつれなく」され、「つらかった口惜しさを思い知らそう」(47頁)として、彼女は「ろおれんぞ」を貶める嘘をついたのです。

『十二夜』では、ヴァイオラが生き別れとなった双子の兄セバスチャンと再会し、彼女の正体が明らかになります。
オリヴィアは、男装したヴァイオラと見分けがつかないほど似ているセバスチャンと婚約し、ヴァイオラもオーシーノ公爵への想いがかなって、二組は同じ日、同じ時に結婚式を行う運びとなり、幸福な結末を迎えます。

オリヴィア   オーシーノ様、今ここで起こったさまざまな出来事を考え合わせて、今までは妻にとお望みになっていたこの私のことを、もしむしろ妹と呼んでもよいとお考えくださるのでしたら、いかがでございましょう、同じ日、同じ時に、私たち二組 の結婚の儀式を、晴れやかに挙げることにしてはと存じますが。それも、よろしければ、この私の邸で、私に準備させていただけますなら。
オーシーノ   そのお申し出、心から喜んでお受けしよう。(ヴァイオラに)召使いとしてのお前の務めは、主人たる私が、今、ここに解く。これまでの仕事、女としてはつらかったろう、やさしく、しとやかな生まれ育ちからすれば、卑しいこととも思えたろうに、よく、 尽くしてくれたな。私のことを、これほど長く、主人と呼んでくれたお前、さ、この手を取ってくれ。今より後は、お前は、お前の主人の、女主人だ。
オリヴィア  (ヴァイオラに)そう、そして、私のお姉様。(『十二夜』五幕一場)

シェイクスピアは、オーシーノに対するヴァイオラの恋心と、男装したヴァイオラに対するオリヴィアの恋心、この両方を成就させて、ヒロインを二人ともハッピーエンドにするために、ヴァイオラの双子の兄という都合の良いキャラクターを登場させています。
シェイクスピアと違って、芥川は「傘張の娘」の恋心をかなえるための、都合の良い「ろおれんぞ」の双子の兄など決して登場させません。
そのため、「ろおれんぞ」はせめて「傘張の娘」にだけは、自分の本当の性別を明かすべきであったと感じます。
「ろおれんぞ」が「傘張の娘」の恋心に誠実に向き合い、彼女を騙していたことを謝罪していれば、「ろおれんぞ」を陥れるほどに「傘張の娘」が思いつめることはなかったはずです。
「傘張の娘」が嘘をついて陥れなければ、「ろおれんぞ」は無実の罪で「さんた・るちや」を追放され、乞食となることもなかったでしょう。

芥川は、「聖女マリナ」の物語から「ろおれんぞ」の物語に書き換えるに当たって、原典には全く含まれていなかった、恋愛の要素を大きく盛り込んでいます。
このように恋愛の要素を取り入れることで、「ろおれんぞ」を陥れる役どころの「傘張の娘」の人物像をより掘り下げて、彼女がなぜ嘘をついたか、非常に分かりやすく表現しています。
『十二夜』において、シェイクスピアはヴァイオラとオリヴィアの両方を幸せにしようと苦心していますが、芥川は「ろおれんぞ」と「傘張の娘」の両方に不幸な結末を与えています。
芥川は、「傘張の娘」の恋心を強調し、彼女の犯した罪を同情的に演出することによって、彼女の心情を無視して、誤解を解こうともせず、男装を続ける「ろおれんぞ」の無自覚なエゴイズムを描き出しているのです。


<無自覚なエゴイズム>:『奉教人の死』から『続西方の人』へ


発売元: 新潮社; 改版
発売日: 1968/11/19

この<無自覚なエゴイズム>というテーマは、「ろおれんぞ」のみならず、恋心を暴走させた「傘張の娘」や、嘘を信じ込んで「ろおれんぞ」を殴った「しめおん」、冤罪が明らかになった後も、自分たちの非を認めない伴天連や奉教人衆など、物語全体に共通する問題であるとわたしは考えます。
「ろおれんぞ」と「傘張の娘」、「しめおん」のすれ違いは、個人個人それぞれが持っている<無自覚なエゴイズム>を描き出しています。
そして、「ろおれんぞ」を迫害していながら、「まるちり」とほめたたえる奉教人衆の姿は、集団における<無自覚なエゴイズム>を描き出していると言えます。
伴天連や奉教人衆の姿を通して表現された集団的エゴイズムは、ありきたりの単純なキリスト教批判ではなく、あらゆる人間社会が常に内包している問題です。
したがって、芥川は、「聖女マリナ」の物語を下敷きにしながら、本来の宗教的メッセージを完全に消し去り、人間の内面に対するより深い洞察と疑義を描き出していると言えます。

芥川は、登場人物たちの中でも、奉教人衆の愚かさを特に際立たせて描いているように感じます。
彼が晩年に執筆し、遺稿となった『西方の人』と『続西方の人』(1927年)では、イエス・キリストと、イエスを「知らない」と否認した弟子、イエスを死に追いやった多くの人々に対して、次のように考察しています。

クリストの一生の最大の矛盾は彼の我々人間を理解してゐたにも関らず彼自身を理解出来なかつたことである。彼は 庭鳥の啼く前にペテロさへ三度クリストを知らないと云ふことを承知してゐた。彼の言葉はその外にも如何に我々人間の弱いかと 云ふことを教へてゐる。しかも彼は彼自身もやはり弱いことを忘れてゐた。(芥川竜之介『続西方の人』、「12 最大の矛盾」より)

クリストは比喩を話した後、「どうしてお前たちはわからないか?」と言つた。この歎声も亦度たび繰り返されてゐる。それは彼 ほど我々人間を知り、彼ほどボヘミア的生活をつづけたものには或は滑稽に見えるであらう。しかし彼はヒステリツクに時々かう 叫ばずにはゐられなかつた。阿呆たちは彼を殺した後、世界中に大きい寺院を建ててゐる。が、我々はそれ等の寺院にやはり彼の 歎声を感ずるであらう。「どうしてお前たちはわからないか?」―― それはクリストひとりの歎声ではない。後代にも見じめに 死んで行つた、あらゆるクリストたちの歎声である。(『続西方の人』、「15 クリストの歎声」)

「阿呆たちは彼を殺した後、世界中に大きい寺院を建ててゐる」という痛烈な批判は、「ろおれんぞ」を苦しめた自分たちの愚かさに気づかず、「まるちり」と叫ぶ奉教人衆の姿と重なります。
したがって芥川は、後年に『西方の人』と『続西方の人』で示した、キリスト教に対する理解とキリスト教信者たちへの深い洞察を、1918年に発表した『奉教人の死』の中で、すでに描き込んでいたと言えるでしょう。



3.「まるちり」とは何か?


二重三重に群った奉教人衆の間から、「まるちり」(殉教)じゃ、「まるちり」じゃという声が、波のように起こったのは、丁度この時の事でござる。殊勝にも「ろおれんぞ」は、罪人を憐む心から、御主「ぜす・きりしと」の御行跡を踏んで、乞食にまで身を落いた。して父と仰ぐ伴天連も、兄とたのむ「しめおん」も、皆その心を知らなんだ。これが「まるちり」でのうて、何でござろう。(芥川竜之介『奉教人の死』、岩波文庫、48頁)

『奉教人の死』の中では、火事の中から赤ん坊を救出した「ろおれんぞ」に対して、奉教人衆が「まるちり」じゃと叫び出す様子が描かれています。
この「まるちり」という独特の言い回しは、「殉教」を意味するポルトガル語の「マルチリヨ」(Martirio)に由来します。
キリシタン時代において、宣教師たちは「殉教」を「マルチリヨ」(Martirio)、「殉教者」を「マルチル」(Martir)として、ポルトガル語の原語をそのまま音訳して教えていました。
当時のラテン語・ポルトガル語・日本語の対訳辞書である『羅葡日辞書』(1595年、天草コレジョ刊)では、「マルチル」という言葉は、「証拠人、デウスのご奉公に対して呵責を受け、命を捧げられたる善人」と説明されています。

「マルチル」の第1語義が「証拠人」と記されていたように、もともとキリスト教における「殉教者」とは、ギリシア語の「証人」を意味する「μάρτυς」という言葉に由来します。

あなたがたはこれらのことの証人となる。(『ルカによる福音書』24章48節)

ヨハネは、この方について証しをし、声を張り上げて言った。「『わたしの後から来られる方は、わたしより優れている。わたしよりも先におられたからである』とわたしが言ったのは、この方のことである。」(『ヨハネによる福音書』1章15節)

そこで、主イエスがわたしたちと共に生活されていた間、つまり、ヨハネの洗礼のときから始まって、わたしたちを離れて、天に上げられた日まで、いつも一緒にいた者の中からだれか一人が、わたしたちに加わって、主の復活の証人になるべきです。(『使徒言行録』1章21-22節)

ヨハネは、神の言葉とイエス・キリストの証し、すなわち、自分の見たすべてのことを証しした。(『ヨハネの黙示録』1章2節)

このように、新約聖書の中では、「証人」を意味するギリシャ語「μάρτυς」が、<イエスの生涯とその復活の証人>を指す言葉として、何度も繰り返し用いられています。
しかし、初期キリスト教徒たちが激しい迫害を受けた時代に、信仰のために血を流し、自ら死を選んだ信徒が「殉教者」と位置づけられるようになっていきます。

『使徒言行録』の中で、ユダヤ人たち(その中にはサウロ、すなわち回心前のパウロもいた)によって石打ちにされ、殺されたステファノは、キリスト教最初の殉教者として位置づけられました。
死して自らの信仰を証しする「証人」こそが「殉教者」である、と解釈されるようになると、死を伴わない「証人」は「証聖者」という新たな言葉を用いて、区別されるようになります。
『黄金伝説』(1267年頃)では、「白いというのは、貴重な証聖者であり、福音史家である聖ヨハネのことであり、赤いというのは、最初の殉教者となった聖ステパノのことである」(『黄金伝説』、「8章 聖ステパノ」)と記されています。

キリスト教が公認された4世紀以降、初期キリスト教における迫害時代の記憶が「殉教者伝」として記録され、「殉教者=聖人」として尊ばれ、殉教者の遺骨や遺物がもてはやされるようになります。
聖人崇拝が高まった時代については、藤木稟「バチカン奇跡調査官 ジェヴォーダンの鐘」の記事中でも詳しく書いておりますので、ご参照ください。
『黄金伝説』は、ステファノのような殉教死者をはじめ、「聖女マリナ」のような刑死を伴わない殉教者=本来の「証人」としての殉教者を含む、数多くの聖人伝を収録しています。
13世紀半ば以降、『黄金伝説』は中世ヨーロッパで広く読まれ、修道士たちが修道生活を行う中で、聖人たちの生涯を模範としたのです。

宗教改革に先立ち、共同生活兄弟団(1370年代に創設)が提唱した「近代的敬虔」(Devotio moderna)と呼ばれる敬虔な生活の復興が、ネーデルラントからドイツ、北フランスにかけて広まります。
この「近代的敬虔」運動が隆盛する中で、トマス・ア・ケンピスが書いたとされる信心書『イミタティオ・クリスティ』(Imitatio Christi)が出版され、中世の末からヨーロッパ各地で聖書に次いで広く読まれたと言われています。
『イミタティオ・クリスティ』とは、「キリストに倣いて」を意味しており、イエス・キリストの受難を黙想し、キリストに倣うことが推奨され、「近代的敬虔」の精神を説いています。


16世紀半ばの日本にキリスト教を伝えたイエズス会は、このような「近代的敬虔」運動やカトリック改革の精神を背景に、対抗宗教改革の旗手として設立されました。
巡察使アレッサンドロ・ヴァリニャーノの主導によって、1590年に西洋式活版印刷機が日本に導入され、イエズス会は伝道に必要な教理書や聖人伝、信心書、ラテン語・ポルトガル語の辞典類など、現代では「キリシタン版」と呼ばれる書物を出版しています。

『サントスの御作業のうち抜書』(1591年、加津佐刊)は、現存する最古のキリシタン版の刊行物であり、『黄金伝説』に収録されているステファノ、ペテロ、パウロなどの殉教者の物語を中心とした聖人伝です。
日本人信徒のために、仏教用語や仏教教説を転用し、中国の始皇帝や醍醐天皇までも出しながら、分かりやすい意訳をしています。
このことから、イエズス会士たちが宣教開始の早い時期から、殉教者伝や聖人伝を教材として、日本の信徒たちにイエス・キリストの受難と復活を説いていたことが分かります。

『サントスの御作業のうち抜書』が出版されたのは、伴天連追放令(1587年)の後ですが、聖人伝の翻訳作業自体は、すでに宣教初期(1556年頃)から行われていました。
宣教師たちが、来るべき弾圧を予見して殉教教育を行っていたと考えるよりも、当時の日本人に共感を呼び起こし、尊敬や信頼を抱かせるための教材として、殉教者伝や聖人伝を用いたと考える方が自然です。

「近代的敬虔」運動を代表する信心書『イミタティオ・クリスティ』も、キリシタン版のローマ字本『コンテンツム・ムンヂ』(1596年、天草刊)や、国字本『こんてむつすむん地-世をいとひゼス・キリシトをまなび奉るの経』(1610年、京都刊)が刊行されています。
同様に、「罪人の導き」を意味する信心書『Guia do pecador』の日本語抄訳である『ぎやどぺかどる』(1599年、長崎刊)までも刊行されています。
このように、イエズス会は宗教改革前の西欧で広く読まれていた信心書を教材とし、日本の信徒たちの信仰生活の指南書としたのです。

ちなみに、芥川は『奉教人の死』のエピグラフに、この『Imitatio Christi』と『Guia do pecador』の一節をそれぞれ引用しています。

たとひ三百歳の齢を保ち、楽しみに身を余るといふとも、未来永々の果しなき楽しみに比ぶれば、夢幻の如し。-(慶長訳Guia do pecador)-

善の道に立ち入りたらん人は、御教にこもる不可思議の甘味を覚ゆるべし。-(慶長訳Imitatio Christi)-(『奉教人の死』、岩波文庫、37頁)

この『イミタティオ・クリスティ』の言葉は、現代の日本語では次のように訳されています。

キリストの教えは、聖人たちのあらゆる教えにも優っている。その精神を学びえた人は、その中にかくれている霊の食物(マナ)を見つけるだろう。(『イミタチオ・クリスティ キリストにならいて』「第1章 キリストにならい、世の空しいものをすべて軽んずべきこと」より)

「不可思議の甘味」という訳語が、現代では「霊の食物(マナ)」という表現へと変わっています。
「マナ」とは、イスラエルの民がエジプトを脱出して、荒れ野を旅していた時に、天から与えられた食物(『出エジプト記』16章14節-35節)のことです。
イエス・キリストは、マナに代わり「命のパン」(『ヨハネによる福音書』6章22節-58節)をお与えになったと言われています。
キリシタン時代の翻訳者は、天から与えられた食物である「マナ」について、中国古来の伝説における「甘露」(天から降る甘い露)をイメージして、「甘味」と訳したのかもしれません。


これらの聖人伝や信心書は、日本の信徒たちに、イエス・キリストの受難と復活の教義を理解させ、「殉教」の精神を育て、信心を高める手助けをしたことでしょう。
「日本二十六聖人の殉教」(1597年)や「元和の大殉教」(1622年)をはじめとして、日本で現実に殉教が起こったことから、「殉教」の精神が当時の信徒たちに受容されていたことは間違いないと言えます。


「ろおれんぞ」の死は「まるちり」なのか?


『奉教人の死』における「ろおれんぞ」の死は、「元和の大殉教」のようなキリシタン迫害による死とは、全く異なります。
「ろおれんぞ」を迫害したのは、キリスト教を弾圧する異教徒たちではなく、「ろおれんぞ」と信仰を同じくするキリスト教徒たち、すなわち伴天連や「すぺりおれす」(長老衆)、「いるまん」(法兄弟衆)、奉教人衆です。
「ろおれんぞ」は「傘張の娘」に陥れられ、伴天連や「いるまん」は姦計に気づかず、「ろおれんぞ」を教会から追放し、乞食の生活に追いやりました。

「ろおれんぞ」は、「町はずれの非人小屋に起き伏しする、世にも哀れな乞食」となりましたが、決して信仰を棄てませんでした。
禁教期に、表向きは棄教のふりををして処刑を免れ、密かに信仰を持ち続けた潜伏キリシタンたちのように、伴天連がいくら「ろおれんぞ」を破門し、教会から追放したとしても、「ろおれんぞ」の信仰心を奪うことは出来なかったのです。

長崎の町にはびこった、恐ろしい熱病にとりつかれて、七日七夜の間、道ばたに伏しまろんでは、苦み悶えたとも申す事でござる。したが、「でうす」無量無辺の御愛憐は、その都度「ろおれんぞ」が一命を救わせ給うのみか、施物の米銭のない折々には、山の木の実、海の魚貝など、その日の糧を恵ませ給うのが常であった。由って「ろおれんぞ」も、朝夕の祈は「さんた・るちや」にあった昔を忘れず、手くびにかけた「こんたつ」も、青玉の色を変えなかったと申す事じゃ。なんのそれのみか、夜ごとに更闌けて人音も静まる頃となれば、この少年はひそかに町はずれの非人小屋を脱け出いて、月を踏んで住み馴れた「さんた・るちや」へ、御主「ぜす・きりしと」の御加護を祈りまいらせに詣でておった。
なれど同じ「えけれしや」に詣ずる奉教人衆も、その頃にはとんと、「ろおれんぞ」を疎んじはてて、伴天連はじめ、誰一人憐みをかくるものもござらなんだ。ことわりかな、破門の折から所行無慚の少年と思いこんでおったに由って、何として夜ごとに、独り「えけれしや」へ参るほどの、信心ものじゃとは知らりょうぞ。これも「でうす」千万無量の御計らいの一つ故、よしない儀とは申しながら、「ろおれんぞ」が身にとっては、いみじくもまた哀れな事でござった。(『奉教人の死』、岩波文庫、42-43頁)

「ろおれんぞ」は、クリスマスの夜に教会に保護されて以来、伴天連や「すぺりおれす」、「いるまん」、奉教人衆から「天童の生まれがわり」などと、ちやほやされて育ちました。
しかし、伴天連によって破門され、教会を追放されたことで、「ろおれんぞ」に憐みをかけるものは誰一人いなくなりましたが、主なる神だけは「ろおれんぞ」を変わらず愛し、憐み続けたことが記されています。
「施物の米銭」が無い時には、「ろおれんぞ」のために「山の木の実、海の魚貝など、その日の糧を恵ませ給うのが常」であったという記述は、アハブ王から命を狙われた預言者エリヤが、主なる神によって養われた物語(列王記上17章1-15節)を思い起こさせます。
主の言葉がエリヤに臨んだ。「ここを去り、東に向かい、ヨルダンの東にあるケリトの川のほとりに身を隠せ。その川の水を飲むが良い。わたしは烏に命じて、そこであなたを養わせる。」エリヤは主に言われたように直ちに行動し、ヨルダンの東にあるケリトの川のほとりに行き、そこにとどまった。数羽の烏が彼に、朝、パンと肉を、また夕べにも、パンと肉を運んできた。水はその川から飲んだ。しばらくたって、その川も涸れてしまった。雨がこの地方に降らなかったからである。(『列王記上』17章2-7節)

また主の言葉がエリヤに臨んだ。「立ってシドンのサレプタに行き、そこに住め。わたしは一人のやもめに命じて、そこであなたを養わせる。」彼は立ってサレプタに行った。町の入り口まで来ると、一人のやもめが薪を拾っていた。エリヤはやもめに声をかけ、「器に少々水を持って来て、わたしに飲ませてください」と言った。彼女が取りに行こうとすると、エリヤは声をかけ、「パンも一切れ、手に持って来てください」と言った。彼女は答えた「あなたの神、主は生きておられます。わたしには焼いたパンなどありません。ただ壺の中に一握りの小麦粉と、瓶の中にわずかな油があるだけです。わたしは二本の薪を拾って帰り、わたしとわたしの息子の食べ物を作るところです。わたしたちは、それを食べてしまえば、あとは死ぬのを待つばかりです。」と言った。エリヤは言った。「恐れてはならない。帰って、あなたの言ったとおりにしなさい。だが、まずそれでわたしのために小さいパン菓子を作って、わたしに持って来なさい。その後あなたとあなたの息子のために作りなさい。なぜならイスラエルの神、主はこう言われる。
主が地の面に雨を降らせる日まで
壺の粉は尽きることなく
瓶の油はなくならない。」
やもめは行って、エリヤの言葉どおりにした。こうして彼女もエリヤも、彼女の家の者も、幾日も食べ物に事欠かなかった。主がエリヤによって告げられた御言葉のとおり、壺の粉は尽きることなく、瓶の油はなくならなかった。(『列王記上』17章8-15節)

エリヤを生かすために、烏にパンと肉を運ばせたり、餓死寸前だった母子家庭に必要なだけの小麦と油を備えたように、主なる神は「ろおれんぞ」が恐ろしい熱病に罹った時は命を救い、「施物の米銭」が無い時には「山の木の実、海の魚貝など、その日の糧を恵ませ給う」たのです。
主なる神が一体どのような方法で「山の木の実、海の魚貝など」を「ろおれんぞ」に恵ませたか、芥川は具体的に書いていませんが、「ろおれんぞ」が神の御計らいによって生かされていると感じていたことは明らかです。
そのため、「ろおれんぞ」は、教会で何不自由なく暮らしていた頃よりも、いっそう主なる神に立ち返り、主イエス・キリストにのみ依り頼むようになったと言えるでしょう。
誰にも頼れない孤独な乞食生活だったからこそ、「ろおれんぞ」は主なる神の「無量無辺の御愛憐」に感謝し、朝夕の祈りを欠かさず、毎夜密かに町はずれの非人小屋から教会に参詣し続けたのかもしれません。

『奉教人の死』の語り手は、「ろおれんぞ」が教会を追放され、乞食生活の中で、信仰をより確かにしていく過程を、「「でうす」千万無量の御計らいの一つ」と語っています。
すなわち、「ろおれんぞ」が無実の罪で追放され、孤独な乞食生活に苦しむことはすべて、主なる神の御計画のうちにあり、試練の一つであると、語り手は解釈していると言えます。


教会を追放されてから一年あまり、「ろおれんぞ」は試練にさらされましたが、主なる神を恨んだり、棄教することなく、信仰をよりつよく篤くしました。
そして長崎の町の大火事が起こった時、燃えさかる「傘張の娘」の家に取り残された赤ん坊の命を救うため、「ろおれんぞ」はまっしぐらに火中に飛び込んだのです。

多くの人を押しわけて、駆けつけて参ったは、あの「いるまん」の「しめおん」でござる。これは矢玉の下もくぐったげな、逞しい大丈夫でござれば、ありようを見るより早く、勇んで焔の中へ向うたが、あまりの火勢に辟易致いたのでござろう。二、三度煙をくぐったと見る間に、背をめぐらして、一散に逃げ出いた。して翁と娘とが佇んだ前へ来て、『これも「でうす」万事にかなわせたまう御計らいの一つじゃ。詮ない事とあきらめられい』と申す。その時翁の傍から、誰とも知らず、高らかに「御主、助け給え」と叫ぶものがござった。声ざまに聞き覚えもござれば、「しめおん」が頭をめぐらして、その声をの主をきっと見れば、いかな事、これは紛れもない「ろおれんぞ」じゃ。清らかに痩せ細った顔は、火の光に赤うかがやいて、風に乱れる黒髪も、肩に余るげに思われたが、哀れにも美しい眉目のかたちは、一目見てそれと知られた。その「ろおれんぞ」が、乞食の姿のまま、群る人々の前に立って、目もはなたず燃えさかる家を眺めておる。と思うたのは、まことに瞬く間もないほどじゃ。一しきり焔を煽って、恐ろしい風が吹き渡ったと見れば、「ろおれんぞ」の姿はまっしぐらに、早くも火の柱、火の壁、火の梁の中にはいっておった。「しめおん」は思わず遍身に汗を流いて、空高く「くるす」(十字)を描きながら、己も「御主、助け給え」と叫んだが、何故かその時心の眼には、凩に揺るる日輪の光を浴びて、「さんた・るちや」の門に立ちきわまった、美しく悲しげな、「ろおれんぞ」の姿が浮かんだと申す。(『奉教人の死』、岩波文庫、44-45頁)

「しめおん」は、火中に飛び入ることをためらい、「傘張の娘」と「傘張の翁」に「これも「でうす」万事にかなわせたまう御計らいの一つ」と、まるで赤ん坊の死が主なる神の御計画のうちかのように言い聞かせます。
しかし、主なる神の御計画かどうかは、神ならぬ身である「しめおん」に分かるはずもないため、本当は自分が赤ん坊を助けられない後ろめたさを、主なる神のせいにしていると言えます。

一方で、「ろおれんぞ」は「御主、助け給え」とだけ言って、まっしぐらに火焔の中に飛び入り、赤ん坊を助け出そうとしました。
燃えさかる家を眺めていたまさに一瞬の間、「ろおれんぞ」は赤ん坊の死が主なる神の御計画かどうかなどは考えず、ただひたすら主イエス・キリストに依り頼み、赤ん坊の命を助けることだけを考えていたことでしょう。
火中に飛び込んだ「ろおれんぞ」を見て、「しめおん」は「ろおれんぞ」が教会から追放された日の光景を思い出します。
その時居合わせた奉教人衆の話を伝え聞けば、時しも凩にゆらぐ日輪が、うなだれて歩む「ろおれんぞ」の頭のかなた、長崎の西の空に沈もうず景色であったに由って、あの少年のやさしい姿は、とんと一天の火焔の中に、立ちきわまったように見えたと申す。(『奉教人の死』、岩波文庫、41-42頁)

「しめおん」の拳でしたたかに打たれて、教会を追い出される「ろおれんぞ」の姿は、「天の火焔の中に、立ちきわまったように見えた」と語られています。
芥川は、このような極めて美しく印象的な「ろおれんぞ」の追放を描くことで、その後の「ろおれんぞ」の苦難の日々と受難を暗示していると言えます。
また、「凩にゆらぐ日輪」、「凩に揺るる日輪の光」と繰り返し語っていることから、太陽の円光を背景にして立つ「ろおれんぞ」の姿は、イエス・キリスト像や聖母子像、聖人像で必ず描かれる光背(後光)のイメージと重なるのです。
「傘張の娘」は「こひさん」(懺悔)の中で、「「ろおれんぞ」様の御心の気高さは、妾が大罪をも憎ませ給わいで、今宵は御身の危さをもうち忘れ、「いんへるの」(地獄)にもまがう火焔の中から、妾娘の一命を辱くも救わせ給うた。その御憐み、御計らい、まことに御主「ぜす・きりしと」の再来かともおがまれ申す」と語っています。
芥川が、頭の後方から眩しく光が差す「ろおれんぞ」の姿を描いたのは、イエス・キリストの受難と重ね合わせていたからでしょう。

「ろおれんぞ」が火中に飛び込み、赤ん坊の命を救った行為が「まるちり」なのかどうか考えるにあたって、再び思い起こすのは、本来、キリスト教における「殉教者」は「証人」を意味するという点です。
「殉教」が「信仰の証し」をすることであると定義すれば、「ろおれんぞ」の行為は「イエス・キリストに倣う」という信仰の実践にほかならず、まさに「まるちり」(殉教)であると考えられます。
この「ろおれんぞ」の「まるちり」は、『イミタティオ・クリスティ』(「キリストに倣いて」)で説かれた「近代的敬虔」の精神と同じものであると言えます。

しかし、愛のためになされることは、どんなに小さくつまらないことでも、すべて実りの多いものとなる。神は、人がどんなことをするか、というよりも、どれほど大きな愛から行動するかを、よけいに考量されるのである。(トマス・ア・ケンピス『イミタチオ・クリスティ キリストにならいて』「第15章 愛のためになされる業について」より、講談社)

「ろおれんぞ」が「御主、助け給え」と、主イエス・キリストに依り頼み、まっしぐらに火焔の中に飛び入ることが出来たのは、教会から追放されて以来、常に主なる神に支えられ、主の恵みに生かされていたからこそだと思います。
もし、「ろおれんぞ」が教会から追放されず、今まで通りに伴天連や「すぺりおれす」、奉教人衆からちやほやされ、「しめおん」と仲睦まじく過ごしていたら、燃えさかる家を前にした時、「しめおん」と同じように赤ん坊の命をあきらめたことでしょう。

「ろおれんぞ」は、赤ん坊の命を救うことに成功しましたが、結果的に火傷によって自らの命を落としました。
しかし、「ろおれんぞ」の死が最も重要なのではなく、たとえ「ろおれんぞ」が命を落とさなかったとしても、赤ん坊を救い出した行為は「イエス・キリストの愛」の実践であり、「まるちり」=「信仰の証し」であると言えるでしょう。



一方、「ろおれんぞ」とは対照的に、「しめおん」は火焔の中へ入るのをためらい、「詮ない事とあきらめられい」と言って、赤ん坊の命を見捨てようとしました。
その「しめおん」が、「ろおれんぞ」を救い出すために、火の嵐の中へ真一文字に躍りこんだのです。

それより先に「しめおん」は、さかまく火の嵐の中へ、「ろおれんぞ」を救おうず一念から、真一文字に躍りこんだに由って、翁の声は再び気づかわしげな、いたましい祈りの詞となって、夜空に高くあがったのでござる。これは元より翁のみではござない。親子を囲んだ奉教人衆は、皆一同に声を揃えて、「御主、助け給え」と、泣く泣く祈りを捧げたのじゃ。して「びるぜん・まりや」の御子、なべて人の苦しみと悲しみとを己がものの如くに見そなわす、われらが御主「ぜす・きりしと」は、遂にこの祈りを聞き入れ給うた。見られい。むごたらしゅう焼けただれた「ろおれんぞ」は、「しめおん」が腕に抱かれて、早くも火と煙とのただ中から、救い出されて参ったではないか。(『奉教人の死』、岩波文庫、46-47頁)

「ろおれんぞ」にとって、この赤ん坊は全くの他人であるだけでなく、自分を陥れた「傘張の娘」が生んだ子供です。
敵の子供であっても、命をかけて救い出そうとした「ろおれんぞ」は、まさに「敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい」(『マタイによる福音書』5章44節)と説いた「イエス・キリストの愛」を実践したと言えます。
一方、「しめおん」は、赤ん坊の命は見捨てようとしましたが、「ろおれんぞ」を救い出すためならば、命がけで火の嵐の中に飛び入りました。
このことから、「しめおん」が本当に心から「ろおれんぞ」を愛していたことが窺えます。
「しめおん」の愛は、「イエス・キリストの愛」とは異なり、「ろおれんぞ」だけに向けられていたと言えます。

赤ん坊の命を見捨て、「ろおれんぞ」だけを助けようとした「しめおん」は、決して冷酷非情な人間というわけではなく、誰もが「しめおん」と同じように、命の優劣をつけて生きているはずです。
従順、貞潔、清貧という三つの誓願を立て、修道生活を入った「いるまん」である「しめおん」であっても、このように「イエス・キリストの愛」を実践することは難しいのです。


『奉教人の死』の語り手は、「なべて人の苦しみと悲しみとを己がものの如くに見そなわす、われらが御主「ぜす・きりしと」」と語っています。
したがって芥川は、イエス・キリストは全ての人の苦しみと悲しみとを自分のことのように御覧になる御方である、と解釈していたと言えます。
そして、芥川が「如何に我々人間の弱いか」(『続西方の人』、「12 最大の矛盾」)と語った通り、わたしたちは他人に無量無辺の愛憐の気持ちを感じることなど出来ないし、他人の苦しみや悲しみを自分のこととして感じることも出来ないのです。
「ろおれんぞ」を陥れた「傘張の娘」も、「ろおれんぞ」の無実が明らかになっても自分たちの不明を認めず、罪を悔い改めようとしない伴天連や奉教人衆も、同じ弱い人間であると言えます。
「イエス・キリストに倣う」生き方を実践することが極めて困難だからこそ、「信仰の証し」を立てた「ろおれんぞ」の生き方は尊敬すべきものであり、まさに「まるちる」=「証人」であると言えるでしょう。


4. 結びに


『奉教人の死』は、次のような結びの言葉が語られています。

その女の一生は、この外に何一つ、知られなんだげに聞き及んだ。なれどそれが、何事でござろうぞ。なべて人の世の尊さは、何ものにも換えがたい、刹那の感動に極るものじゃ。暗夜の海にも譬えようず煩悩心の空に一波をあげて、いまだ出ぬ月の光を、水沫の中へ捕らえてこそ、生きて甲斐ある命とも申そうず。されば「ろおれんぞ」が最後を知るものは「ろおれんぞ」の一生を知るものではござるまいか。(『奉教人の死』、岩波文庫、50頁)

仏教の教えでは、「光明」は仏の智慧や慈悲を象徴しており、その光に照らされていない状態を「無明」と呼びます。
そして人間の心身を悩ませ苦しめる心のはたらきを「煩悩」と呼び、この「煩悩」が智慧の光を妨げ、迷いや苦しみを生みだす原因であると説かれています。
『奉教人の死』の語り手は、光明に照らされていない状態である「煩悩心」を「暗夜の海」に譬えて、「暗夜の海」のような悩み苦しむ心の空に、一つの波を起こし、未だ姿を現わさない月の光を水沫の中に見てこそ、「生きて甲斐ある命」と言うことが出来るだろう、と語っています。

わたしは当初、この結びの言葉の中で、唐突に「煩悩」といった仏教用語が用いられていることに、違和感を感じました。
しかし、キリシタン版の聖人伝や信心書において、多くの仏教語が訳語として採用され、教理の説明に仏教教説が援用されていたことを知って、この結びの言葉の奇妙さが、むしろ自然に思えてきました。
芥川は、キリシタン版の文体を模して『奉教人の死』を執筆していますが、仏教語を転用したキリシタン時代の不自然な言い回しまでも、巧みに再現しているのです。
芥川がキリシタン版の文体模倣として仏教語を用いていると考えれば、この結びの言葉は仏教ではなく、キリスト教の信仰に基づいて解釈すべきでしょう。

「暗夜の海」で水沫の中に未だ出ぬ月の光を見るという情景は、「わたしは世の光である。わたしに従う者は暗闇の中を歩かず、命の光を持つ」(『ヨハネによる福音書』8章12節)という言葉を思い起こさせます。
『イミタティオ・クリスティ』の冒頭でも、この聖書箇所を引用して、わたしたちが「心の闇」から解放されるために、イエス・キリストに倣って生きることを勧めています。

私にしたがう人は闇の中を歩まない(ヨハネ八の一二)、と主はいわれる。これはキリストの言葉だが、もし私たちがほんとうに愚かさを捨て、心の闇をすっかり去って解放されるのを望むなら、あの方の生涯や行いにならえと、すすめるものである。(『イミタチオ・クリスティ キリストにならいて』「第1章 キリストにならい、世の空しいものをすべて軽んずべきこと」より)

「暗夜の海」で、未だに月の光が出ない状態にもかかわらず、どうして水沫の中に月の光を捕らえることが出来るでしょうか。
「ろおれんぞ」が、未だに月の出ない「暗夜の海」のような苦しみの中で、水沫の中に「光」を見たとすれば、その光は「ろおれんぞ」自身が内側に持っている「命の光」であると考えます。
「ろおれんぞ」が教会を追放されてからは、自分に憐みをかけるものは誰一人いない孤独な乞食生活であり、まさに月の出ない「暗夜の海」を漂流している状態と同じです。
しかし、「ろおれんぞ」はこのような絶望的な「暗夜の海」にあっても、「わたしに従う者は暗闇の中を歩かず、命の光を持つ」(『ヨハネによる福音書』8章12節)と言われた通り、イエス・キリストという光を捕らえていたからこそ、決して自暴自棄になったりせず、「生きて甲斐ある命」を全うしたのだと思います。

あなたがたは世の光である。山の上にある町は、隠れることができない。また、ともし火をともして升の下に置く者はいない。燭台の上に置く。そうすれば、家の中のものすべてを照らすのである。そのように、あなたがたの光を人々の前に輝かしなさい。人々に、あなたがたの立派な行いを見て、あなたがたの天の父をあがめるようになるためである。(『マタイによる福音書』5章14節-16節)

『奉教人の死』の結びの言葉では、「なべて人の世の尊さは、何ものにも換えがたい、刹那の感動に極るもの」であり、「ろおれんぞ」の最後を知るものは「ろおれんぞ」の一生を知るものであると語っています。
つまり、「ろおれんぞ」が火焔の中から赤ん坊を救い出したという「最後」にこそ、「ろおれんぞ」の人生の尊さがあらわれており、何ものにも換えがたい「刹那の感動」があると解釈できます。
「イエス・キリストの愛」を実践した「ろおれんぞ」の「最後」には、たしかに「ろおれんぞ」の人生の尊さが極まっていると言えるかもしれません。
「あなたがたは世の光である」とイエス・キリストが言われた通り、「ろおれんぞ」が「暗夜の海」のような「煩悩心の空」にあげた「一波」は、未だに月の出ない中で、人々の前に光輝いたのだと思います。




おまけ:「聖女マリナ」と「ろおれんぞ」の男装についての考察


女性が男装して修道士となり、死後に女性であったことが分かる修道士処女(モナコパルティノス)の物語は、古くから伝えられています。
『黄金伝説』には、聖女マリナをはじめ、聖女テオドラ、聖女エウゲニア、聖女ペラギア、聖女マルガリアの伝記が採録されています。
彼女たちは、なぜ男装していたのでしょうか?

「聖女マリナ」の物語では、マリナは父親に伴って修道院に入り、父親に命じられて男装し、父親の死後も修道生活を自分の意志で続けたと記されています。
しかし、なぜ父親はマリナに男装を命じたのでしょうか?
父親が修道の志を持ち、世俗を捨てて、修道院に入る際に、自分の娘は他家へ嫁がせるか、修道女見習いとする方が自然です。

マリナは、5世紀頃に実在した女性であることから、FtMトランスジェンダー(生まれつきの性別が女性で、性自認が男性)であった可能性も考えられます。

マリナが父に命じられて男装していた期間は、修道の請願を立てる前の修練期(志願期)=見習い期間に当たると言えます。
もしマリナの性自認が女性であったならば、父親の命令に従い、自分の意志に反して男装をしていたことになります。
マリナが不本意ながら男装をしていたとすれば、父親の死を契機に、還俗して、本来の性別へ回帰し、結婚して子育てする人生を選ぶことも出来たはずです。

しかし『黄金伝説』には、父親が死の際に、改めてマリナに修道の志を問うた時、マリナが自ら修道生活を選び取ったと記されています。
マリナは、見習い期間を終え、正式に「清貧・貞潔・服従」の三つ誓いを立てて、修道士となったのです。
マリナが父の死後も男装を続け、死ぬまで男性として生きたことから、マリナは自ら望んで男装していたと考えるべきでしょう。
マリナの父親は、結婚して子育てするという、当時の人々が考える<女の幸せ>を、自分の娘が望んでいないと理解していたのではないでしょうか。
自分の娘が、結婚も修道女も望んでいないと分かっていたからこそ、マリナを「息子」と偽って、一緒に修道院へ連れて行ったのではないか、と考えます。

修道者は、男性も女性も終身独身であるため、マリナの本当の性別が何であっても、生涯独身を貫くことには変わりがないと言えます。
修道士マリノスとして、祈りと奉仕を通じて、神への愛に生涯を奉げる修道生活を生きたマリナは、男/女というジェンダーに囚われない、神の前に一人の<人間>としてのアイデンティティを持っていたのかもしれません。

マリナが無実の罪で修道院を追放された時、自分が女性であることを明かせば、二年間乞食生活を送ることも、他人の子を押しつけられることもなかったでしょう。
しかし、マリナは本来の性別を明かさず、これまで通り男性として生きることを選んだのです。
マリナは、よほどの強い覚悟と、強い意志を持って、男装し続けていたと言えます。
死ぬまで男性として生き抜いたマリナにとって、死後に女性であることが発覚し、<聖女>とされたのは、本懐ではなかったのでは、と思います。

一方、『奉教人の死』の「ろおれんぞ」は、「聖女マリナ」を下敷きに、芥川が創作したキャラクターです。
「ろおれんぞ」の男装理由は、作中で特に語られていませんが、「ろおれんぞ」の美しさを強調する描写や、「しめおん」との関係描写から、「ろおれんぞ」の性自認は女性であると言えるでしょう。
芥川は、「聖女マリナ」がトランスジェンダーであった可能性など、全く想定していなかったのではないか、と思います。

芥川によって、<男装の美少女>として描き出された「ろおれんぞ」は、ウィリアム・シェイクスピアやピエール・ド・マリヴォーの喜劇に登場する男装ヒロインたちと同じ系譜と言えます。
『お気に召すまま』のロザリンドや、『十二夜』のヴァイオラと同じく、「ろおれんぞ」は自分の身を守るために男装していたと考えるのが自然です。

男装するヒロインというモチーフは、古代から現代まで、人々を魅了し続けています。
シェイクスピアは、『お気に召すまま』のロザリンド、『十二夜』のヴァイオラ、『ヴェニスの商人』のポーシャといった男装ヒロインを生み出しています。
シェイクスピアは、男装ヒロインたちに、本来の性別への回帰と、幸福な結婚=<女の幸せ>という結末を与えています。

日本の古典で男装ヒロインと言えば、『とりかへばや物語』(平安時代後期)と『有明の別れ』(平安時代末期)です。
『とりかへばや物語』と『有明の別れ』の主人公たちは、『お気に召すまま』や『十二夜』の主人公たちと違って、身を守るために男装をしていたわけではありません。
当時は男性の楽器とされていた笛の名手であり、優れた漢籍の教養を持つなど、男性官人社会において活躍する男装ヒロイン像が描かれています。
『とりかへばや物語』と『有明の別れ』では、本来の性別への復帰と、入内という結末が提示されますが、それは主人公たちが持つ本来の才能が隠され、内へ閉じ込められることを意味します。
入内し、帝から寵愛された彼女たちが幸せだったかどうかは、読者によって解釈が分かれるでしょう。

『奉教人の死』の「ろおれんぞ」は、シェイクスピア喜劇の男装ヒロイン像を踏襲しているように思えます。
もし、「ろおれんぞ」が教会を追放されなければ、いずれは還俗して女性の姿に戻り、「「ればのん」山の檜に、葡萄かずらが纏いついて、花咲いたよう」に仲睦まじかった「しめおん」と結婚する未来もあり得たかもしれません。
「ろおれんぞ」と「しめおん」の関係描写からも、教会で暮らしていた当時の「ろおれんぞ」は、シェイクスピア的な男装ヒロインだったと言えるでしょう。

しかし、教会から追放され、乞食生活という試練にさらされたことで、「ろおれんぞ」はシェイクスピア的な男装ヒロインではなく、「聖女マリナ」のような性別に囚われない自律した存在へと大きく変化したと考えられます。
つまり「ろおれんぞ」は、追放前と追放後とは、全く別な人間のようになったのではないでしょうか。
神の前に一人の<人間>となったからこそ、「ろおれんぞ」は「イエス・キリストの愛」を実践できたのだと思います。




参考:ヤコブス・デ・ウォラギネ『黄金伝説 2』(平凡社、2006年)
トマス・ア・ケンピス『イミタチオ・クリスティ キリストにならいて』(講談社、2019年)
狭間芳樹「キリシタン時代における殉教の理解と記憶」『アジア・キリスト教・多元性』(2019年、京都大学)
狭間芳樹「キリシタンと武士道:殉教精神の涵養とキリスト教の倫理」『アジア・キリスト教・多元性』(2010年、京都大学)
篠崎美生子「奉教人の死」における〈内破〉と〈疎外〉: 『黄金伝説』を手がかりに」『国文学研究』(2012年、早稲田大学国文学会)

2019/03/13

異世界文学の系譜:「指輪物語」から「異世界転生」まで

妖精物語について―ファンタジーの世界
  • 発売元: 評論社
  • 発売日: 2003/12/1

日本の娯楽小説(ライトノベル、ウェブ小説)において、「異世界」を舞台とする多種多様なファンタジー作品が、多くの人々の興味を引きつけています。
近年、小説投稿サイトの「小説家になろう」では、現実世界から「異世界」への転移や転生を題材とする異世界探訪譚が数多く連載され、ウェブ小説から書籍化、漫画化された作品も多く、さらにアニメ化された人気作品もあります。
「小説家になろう」における異世界探訪譚は、内容の類似する「類話」が多いことが特徴であり、「なろう系」と一括りにされて呼ばれる場合が多いと言えます。
そうした類話は「テンプレート」、いわゆる「なろうテンプレ」とも呼ばれていますが、このような類話が多ければ多いほど、異世界探訪譚という題材の存在感は増大し、流行を感じさせます。
そこで、「小説家になろう」に見られる一連の異世界探訪譚群を対象に、『指輪物語』や『ナルニア国物語』、『はてしない物語』などと比較しながら、それらがどのような構造をもって現実世界から異世界への移動を表現しているのかを整理し、考察したいと思います。
また、異世界探訪譚群の中に多く見られる「転生」モチーフから、今日の死生観や宗教性を見ていきたいと思います。



【目次】
1.異世界文学の基本構造
(1)<単一世界>:『指輪物語』、『ゲド戦記』の系譜
......「冒険者」のルーツ
(2)現実世界から異世界へ:異世界探訪譚のルーツ
2.<多元的世界>と<混合世界>
(1)<多元的世界>:「異世界召喚」と「異世界転移」の特徴
(2)現実と異世界の<混合世界>
3.異世界転生
(1)「異世界転生」と「異世界憑依」:『はてしない物語』と比較して
(2)「異世界転生」の死生観:現代の輪廻転生観
......キリスト教と仏教における死生観
......日本における輪廻転生譚のルーツ
......現代の輪廻転生観
4.まとめ
おまけ:「冒険者ギルド」の考察

1.異世界文学の基本構造


はじめに、「ファンタジー」とはどのようなジャンルなのか、その成り立ちを振り返ってみます。
1860年頃から1930年頃にかけて、イギリスでは「ファンタジー」の古典と言われる名作が生まれ、「児童文学の黄金時代」と呼ばれる盛り上がりが見られます。
ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』(1865年)が誕生し、第一次世界大戦前後から第二次世界大戦にかけて、J・M・バリーの『ピーター・パン』(1911年)、パメラ・トラヴァースの『メアリー・ポピンズ』(1934年)が生まれました。
そして第二次世界大戦以降に、C・S・ルイスの『ナルニア国物語』(1950-1956年)、J・R・R・トールキンの『指輪物語』(1954-1955年)、アーシュラ・K・ル=グウィンの『ゲド戦記』(1968-2001年)という代表的なファンタジー文学作品が発表されました。

J・R・R・トールキンは、『妖精物語について』の中で、「ファンタジー」(fantasy)の定義について、「空想」(fancy)したものを一つの「世界」として提示するものであると主張しています。
『指輪物語』や『ゲド戦記』は、物語の舞台となる「基準世界」として、現実を超えた現象が可能な「異世界」が設定されています。
一方、『不思議の国のアリス』や『ナルニア国物語』は、現実世界を舞台にして、「異世界」へ移動する異世界往還譚であり、「現実世界」と「異世界」という二つの「基準世界」が設定されています。
このように、ファンタジー文学は、基準世界を<単一世界>と設定するか、<多元的世界>と設定するかによって、大きく二つに分類することができます。

基準世界を<多元的世界>と設定する作品については、より詳しく構造を分類することが出来ます。
『不思議の国のアリス』やL・F・ボームの『オズの魔法使い』(1900年)は、現実から異世界への一過性の移動を描いています。
一方で、『メアリー・ポピンズ』は、超自然的な要素が現実世界へ混合しており、J・K・ローリングの『ハリー・ポッター』(1997-2007年)は、現実から異世界への移動が何度も日常的に描かれてます。
『メアリー・ポピンズ』や『ハリー・ポッター』の舞台設定は、現実世界と異世界を融和・統合した<混合世界>と言えます。

以上のようなファンタジー文学の基本構造をふまえて、「小説家になろう」の作品を分類していきましょう。
「小説家になろう」の作品について、基準世界の構造、物語の特徴・傾向を分類し、わたしは下記の一覧表を作成しました。


「小説家になろう」において、書籍化されている作品の中から、私見をもって抽出し、上の一覧表に例示しました。
多様な作品例を示すため、主人公の性別や職業、社会的役割などが類似しないよう配慮して抽出しています。

(1)<単一世界>:『指輪物語』、『ゲド戦記』の系譜


『指輪物語』や『ゲド戦記』のように、徹底的に「異世界」を創作し、現実世界が全く登場しない作品として、上の一覧表では次の作品を例示しました。

  • 支援BIS『辺境の老騎士』:遍歴の老騎士を主人公とする騎士道物語。
  • のの原兎太『生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい』:女性錬金術師を主人公に、薬屋経営、精霊や魔法、冒険者や迷宮攻略が描かれる。
  • 三国司『平凡なる皇帝』:領主の屋敷で下働きをする少女主人公が、竜の国の皇帝の血筋であるとが分かり、竜人たちに守られながら、竜の国へと旅する貴種流離譚。
  • 壱弐参『悠久の愚者アズリーの、賢者のすゝめ』:魔法使いの青年を主人公に、少女弟子の育成、魔法大学での交流、魔王との戦いが描かれる。
  • まいん『食い詰め傭兵の幻想奇譚』:元傭兵の青年主人公と魔族でありながら知識の神に仕える女性神官が、滅亡した古代王国の謎に迫る冒険譚。
  • ざっぽん『真の仲間じゃないと勇者のパーティーを追い出されたので、辺境でスローライフすることにしました』:勇者である妹を持つ青年主人公が、勇者の仲間にならなかった王女と共に、戦いを離れて辺境で薬屋経営をする物語。
  • 丘野優『望まぬ不死の冒険者』:冒険者である青年主人公が、迷宮で魔物へと変異し、骨人から屍鬼、吸血鬼へと進化を重ね、人間らしい外見や暮らしを徐々に取り戻していく物語。
  • とーわ『はぐれ精霊医の診察記録 ~聖女騎士団と癒やしの神業~』:軍医として従軍する青年主人公が、植物の精霊魔法を医療に用いて人々を癒やし、隣国との戦争、国内の権力闘争に巻き込まれていく。


発売元: 岩波書店
発売日: 2009/1/16

『悠久の愚者アズリーの、賢者のすゝめ』や『はぐれ精霊医の診察記録 ~聖女騎士団と癒やしの神業~』は、魔法学校で魔法を学ぶという要素が見られるため、『ゲド戦記』型のファンタジー作品と言えます。
『ゲド戦記』シリーズの第1作目『影との戦い』は、原題は「アースシーの魔法使い」(A Wizard of Erathsea)です。
人並外れた魔法の才能を持つゲド少年は、大魔法使いオジオンの弟子となり、もっと高度な術を学ぶため、魔法使いの学院へ旅立ちます。
未熟な魔法使いであるゲドが、やがて大賢者となる成長物語です。
魔法学校で学ぶというモチーフは、「小説家になろう」において数多く描かれており、後述する「異世界転生」作品の中でも、『無職転生 - 異世界行ったら本気だす -』や『悪役令嬢は、庶民に嫁ぎたい!!』に見られます。



また「小説家になろう」では、『指輪物語』における異人・異類の設定を共有する作品も非常に多く見られます。
魔法に長け、森の中に住む長命の種族エルフ、優れた鍛冶師で、力強く短躯な種族ドワーフ、ゴブリンやオークら魔物が、多くの作品で当然のように描かれています。
上記の中では、『悠久の愚者アズリーの、賢者のすゝめ』、『食い詰め傭兵の幻想奇譚』、『真の仲間じゃないと勇者のパーティーを追い出されたので、辺境でスローライフすることにしました』にエルフが登場します。
後述する「異世界召喚・転移」の作品では、『聖女二人の異世界ぶらり旅』や『異世界落語』、『くま クマ 熊 ベアー』、『神さまSHOPでチートの香り』にエルフやドワーフが描かれています。
「異世界転生」の作品である『転生したらスライムだった件』や、<混合世界>の作品である『異世界食堂』にもエルフやドワーフが登場します。
「異世界転生」の作品である『四度目は嫌な死属性魔術師』や、「異世界憑依」の作品である『賢者の弟子を名乗る賢者』、『骸骨騎士様、只今異世界へお出掛け中』においてもエルフが見られます。
加えて、冒険者が魔物と戦うというモチーフの作品では、ほぼ全てにゴブリンやオークが登場します。

これらの作品において描かれるエルフやドワーフは、北欧神話や口承伝説を元にした「妖精」としてではなく、『指輪物語』型のエルフやドワーフなのです。
作者の個性や創造性が表現されるファンタジー作品において、これほど多くの作品が『指輪物語』の設定を共有しています。
現代のファンタジー作品にとって、『指輪物語』はもはや北欧神話や聖書のような位置付けであり、創作の源泉となっていると言えるでしょう。


発売元: 早川書房
発売日: 2012/3/31

「小説家になろう」の中で、『指輪物語』や『ゲド戦記』の系譜ではない作品として、『辺境の老騎士』があります。
『辺境の老騎士』は、辺境のテルシア家に長年仕えた老騎士バルド・ローエンが、地位と財産を返上し、遍歴の騎士となって、冒険の旅に出かける物語です。
『指輪物語』のようなエルフやドワーフは登場せず、ゲルカスト、ジャミーン、マヌーノ、ルジュラ=ティアントと呼ばれる、この作品固有の異人・異類が登場します。
『辺境の老騎士』は、中世ヨーロッパの「騎士道物語」をモデルとした作品と言えます。
中世ヨーロッパをモデルとした『辺境の老騎士』の世界観は、『指輪物語』や『ゲド戦記』よりも、ジョージ・R・R・マーティンの『氷と炎の歌』(1996年~)との共通性が感じられます。
『氷と炎の歌』は、HBOによって『ゲーム・オブ・スローンズ』としてテレビドラマ化された人気作品であり、中世イギリスの内戦である薔薇戦争(1455-1485年)をモデルとした架空戦記です。
『辺境の老騎士』においても、主人公バルドが悪辣な封建領主の陰謀を打ち破り、権力闘争や諸国戦争に巻き込まれる物語が描かれます。


「冒険者」のルーツ


発売元: 岩波書店
発売日: 1953/10/5

「小説家になろう」のファンタジー作品では、「冒険者」という職業や、「冒険者」をとりまとめる「冒険者ギルド」という組織も多く見られます。
上記の中では、『生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい』や『悠久の愚者アズリーの、賢者のすゝめ』、『真の仲間じゃないと勇者のパーティーを追い出されたので、辺境でスローライフすることにしました』、『望まぬ不死の冒険者』に登場します。
「異世界召喚・転移」の作品では、『とんでもスキルで異世界放浪メシ』や『くま クマ 熊 ベアー』の主人公が冒険者です。
「異世界転生・憑依」の作品においても、『賢者の弟子を名乗る賢者』や『転生したらスライムだった件』、『転生したら剣でした』、『四度目は嫌な死属性魔術師』などに描かれています。
「冒険者」が活躍する作品では、登場人物の能力を数値で表すゲーム的表現が用いられる場合もあります。

これらの作品における「冒険者」は、薬草採集から魔物の討伐、古代遺跡や迷宮の探索、要人の護衛まで幅広い仕事を請け負っている個人事業主です。
薬草採集と言えば、17世紀から19世紀に活躍したプラントハンターが想起されます。
古代遺跡や迷宮の探索は、大航海時代から近代の探検家や、現代のトレジャーハンターのイメージです。
魔物の討伐や要人の護衛は、17世紀頃の傭兵がモチーフと言えます。
三十年戦争(1618-1648年)の時代において、農村や都市に定住せず流浪し、出稼ぎの生活をする「渡り人」と呼ばれる人々がいました。
17世紀の「渡り人」を代表するのは、傭兵であったと言われています。
ファンタジー作品における、魔物の討伐をしながら旅をし、身分や階級制度にとらわれない「冒険者」のイメージは、この「渡り人」がルーツであると考えます。

ハンス・ヤーコプ・クリストッフェル・フォン・グリンメルスハウゼンの『ドイツの冒険者ジンプリチシムス』(1668年)は、『阿呆物語』という邦題で知られていますが、「冒険者」が描かれるファンタジー作品のルーツと言えます。
17世紀ドイツの民衆小説を代表するベストセラーと言われており、ロビンソン・クルーソーの先駆けと評価されています。
主人公ジンプリチウスは、身分や職業を変えながら放浪する「渡り人」であり、傭兵として三十年戦争に従軍します。
三十年戦争が終わり、ジンプリチウスは育ての父と再会し、貴族としての自分の本当の出自を知るのです。
父の案内で、黒い森のムンメル湖を訪れ、湖の王子である水の精の導きによって、ジンプリチウスは水の世界を旅します。

ジンプリチウスのような、傭兵として遍歴する「渡り人」に、プラントハンターや探検家、トレジャーハンターなどの要素を混ぜ合わせた職業が、現代のファンタジー作品の「冒険者」と言えるでしょう。
『ドイツの冒険者ジンプリチシムス』の中で、ジンプリチウスは医者に仕えて、薬作りを学び、薬を作る技を身につけています。
そのためファンタジー作品において、「冒険者」が戦闘能力だけでなく、薬草の種類や効能、生えている場所といった幅広い知識を要求されることは、不自然ではないと言えます。
支援BISの『狼は眠らない』では、冒険者である主人公が薬師に弟子入りし、薬草採取の知識や薬作りの技術を学びます。
『真の仲間じゃないと勇者のパーティーを追い出されたので、辺境でスローライフすることにしました』では、辺境に移住した主人公が、薬草採取が得意な冒険者として描かれており、やがて薬屋を開業します。

また、ファンタジー作品では、「冒険者」をとりまとめる「冒険者ギルド」や「冒険者協会」などと呼ばれる組織が多く描かれています。
おまけ:「冒険者ギルド」の考察で、詳しく考察します。



(2)現実世界から異世界へ:異世界探訪譚のルーツ


発売元: 法政大学出版局
発売日: 1999/03

現実世界から異世界へ移動する異世界探訪譚は、古くから世界各地の伝承・説話に見られるモチーフです。
『聖ブレンダンの航海』(9世紀前半頃)は、アイルランドの聖人ブレンダンが17人の修道士を率いて大西洋に旅立ち、7年の航海を経て「約束の地」へ至った物語です。
アイルランドだけでなく、ヨーロッパ中で流行し、「中世のベストセラー」と言えるほど広く親しまれた異世界航海譚です。
『聖パトリキウスの煉獄譚』(12世紀末頃)は、中世盛期のアイルランドで生まれた異世界探訪譚であり、騎士オウェインが聖パトリキウスの煉獄に入り、十の責め苦をの場を抜け、地上の楽園に到達し、天上の楽園の入口を見て、現実世界に戻ってくる物語です。

生と死を超越した楽園へ旅する異世界探訪譚は、大航海時代とともに、現実世界の旅行記や航海記に代わっていきます。
『マンデヴィルの旅』(14世紀末)は、イングランドの騎士マンデヴィルが、エジプト、エルサレム、カタイ(中国)、インドを旅する東方世界の旅行記です。
旅行者が「実際この目で見た」という体裁で記されていますが、半人半獣の怪物やフェニックスなど様々な怪異が登場し、東方世界を「異世界」として描いています。
この『マンデヴィルの旅』は、クリストファー・コロンブスに影響を与えた旅行記として知られています。
ジョナサン・スウィフトの『ガリヴァー旅行記』(1726年)も、船医ガリヴァーの旅行記という体裁の異世界航海譚であり、『マンデヴィルの旅』の手法を諷刺的に継承しています。

発売元: 岩波書店
発売日: 1985/10/16

日本では、『古事記』と『日本書紀』の中の「山幸彦と海幸彦」神話が、生死を超越した異世界へ旅する物語です。
山幸彦は海釣りに出かけて釣針を失くし、塩椎神に導かれて、小舟に乗って綿津見神宮(海神の宮殿)へ至ります。
山幸彦は大綿津見神(海神)に歓迎され、大綿津見神の娘である豊玉姫と結婚するのです。
この「山幸彦と海幸彦」神話が、民話「浦島太郎」のルーツとなっています。
『御伽草子』(室町時代)の「御曹子島渡」(おんぞうししまわたり)説話は、『マンデヴィルの旅』や『ガリヴァー旅行記』と共通する異世界航海譚です。
頼朝挙兵以前の青年の義経が、土佐の湊から旅立ち、「馬人」の住む島や女だけの島、背丈が扇ほどに小さい者が住む島などを巡り、最後には「蝦夷が島」(北海道)に至って大王に会い、大王の娘(天女)と結婚します。

このように、超自然的な高みの存在としての生死を超越した異世界は、現実の地平上の存在へと変化していきました。
近代以降、東方世界の多くが植民地とされる中で、現実の異世界は消失していきましたが、人々は異世界探訪譚を求め続けます。
『不思議の国のアリス』ではウサギ穴に落ちて、『鏡の国のアリス』では鏡を通り抜けて、異世界へ至ります。
『ナルニア国物語』シリーズの『ライオンと魔女』では、古い屋敷の衣装だんすを通り抜けて異世界へと至ります。
異世界は、人間の内面に、想像力によって生み出される存在へと変わったのです。
現実世界から異世界への移動を描いた現代のファンタジー作品は、『不思議の国のアリス』や『ナルニア国物語』のような、存在の場を変えた異世界探訪譚の系譜と言えます。



2.<多元的世界>と<混合世界>

(1)<多元的世界>:「異世界召喚」と「異世界転移」の特徴


「小説家になろう」において、現実世界と異世界が別個に独立して存在する<多元的世界>を舞台とする作品は、さらに二つに分けられます。
現実世界の身体のままで異世界へ移動する場合と、現実世界の身体を捨て去り、新しい身体で異世界へ移動する場合の二つです。

発売元: 角川書店
発売日: 2010/2/25

『不思議の国のアリス』や『ナルニア国物語』のように、現実世界の人格と身体を保った状態で異世界へ移動する物語は、「小説家になろう」の中で「異世界召喚」や「異世界転移」と呼ばれており、以下のような作品があります。

    <異世界召喚>
  • アネコユサギ『盾の勇者の成り上がり』:剣・弓・槍・盾という四つの武器の勇者として召喚された四人の青年のうち、盾の勇者である主人公が、不当な迫害を乗り越え、世界を守るために女神と戦う。
  • 江口 連『とんでもスキルで異世界放浪メシ』:勇者の召喚に巻き込まれた青年主人公が、美味しい手料理によって、強力な魔獣たちを仲間とし、冒険者として活躍する。
  • カヤ『聖女二人の異世界ぶらり旅』:聖女として召喚された二人の女性主人公が、瘴気の浄化をしながら、異世界の各地を旅する。
  • クレハ『復讐を誓った白猫は竜王の膝の上で惰眠をむさぼる』:巫女姫の召喚に巻き込まれた女性主人公が、不当に追放されるが、精霊に守られて竜の国へ逃げ、竜王に愛される物語。
  • 橘由華『聖女の魔力は万能です』:聖女として召喚された女性主人公が、不当な扱いに耐え、薬用植物研究所で働きながら、強力な回復魔法や浄化の力を発揮し、聖女として活躍していく。
  • 朱雀新吾『異世界落語』:救世主と間違われて召喚された噺家の青年主人公が、異世界に合わせて古典落語をアレンジして公演し、人々を元気づけ、楽しませていく。

上記の作品における「異世界召喚」は、主人公たちの承諾を得ず、無理矢理異世界へ連れ去るものであり、異世界への拉致・誘拐とも言えるでしょう。
「召喚」の目的は、「勇者」は強力な大量破壊兵器として、「聖女」は世界規模で広がる環境汚染物質の浄化装置として利用するためです。
『聖女二人の異世界ぶらり旅』では、異世界に召喚された主人公たちが、自分の身体の変化に戸惑い、二人きりになった時に涙する場面が描かれています。
『復讐を誓った白猫は竜王の膝の上で惰眠をむさぼる』では、主人公たちが異世界に召喚された後、現実世界では大騒ぎとなり、警察によって捜索が行われたことが描かれています。
主人公の両親や祖父は、自分たちの娘や孫のために、惜しまず仕事を辞め、異世界へ追いかけて行くのです。
本作のように、主人公が家族から愛され、恵まれた家庭環境で暮らしている場合は、異世界へ拉致・誘拐した実行犯たちの身勝手さがより強く感じられます。

    <異世界転移>
  • くまなの『くま クマ 熊 ベアー』:少女主人公が、神に選ばれて異世界に移動し、神から贈られたクマの着ぐるみ装備を着て、冒険者として活躍しながら、孤児院を支援し、カフェや食堂を経営する。
  • ダイスケ『異世界コンサル株式会社』:異世界へ突然転移したコンサルタントの男性主人公が、冒険者の経験を経て、駆け出し冒険者の支援を始め、冒険者向けの靴事業を起業、一流冒険者クランのブランド化を企画し、領地経営をしていく。
  • Swind『異世界駅舎の喫茶店』:名古屋行きの特急列車に乗っていた若い夫婦が、気が付くと蒸気機関車に乗っており、異世界の駅に辿り着く。妻は獣人に変異し、過去の記憶を失っていた。夫である主人公は、妻と共に異世界の駅舎で喫茶店を経営する。
  • EDA『異世界料理道』:料理人の息子である主人公が火災に遭い、気がついたら異世界にいた。主人公は狩人である「森辺の民」の一員となり、料理人として屋台を経営。料理を通して、「森辺の民」と宿場町の人々、城下町の貴族たちと絆を深めていく。
  • 佐々木さざめき『神さまSHOPでチートの香り』:ブラック企業で働く青年主人公が爆発事故に巻き込まれるが、商売の神に助けられ、異世界で復活する。主人公は商売を通してスラムの人々を救済するなど、商売神を広めるために各地を旅する。

『くま クマ 熊 ベアー』や『神さまSHOPでチートの香り』において、主人公たちは「神」から選ばれ、「神」の意志や力によって異世界へと招かれています。
人間の意志による身勝手な「召喚」と比較して、「神」の意志で異世界へ招かれた主人公たちは、「勇者」や「聖女」として政治や軍事に利用されることがないため、自由な立場で異世界を体験できると言えます。

『神さまSHOPでチートの香り』の主人公は、現実世界ではガス爆発事故に巻き込まれますが、爆発で死ぬ数瞬前に「商売神メルヘス」によって助けられ、異世界で復活するのです。
『異世界料理道』の主人公も、現実世界では火災で死亡したはずが、怪我や火傷も無く、異世界へ移動しています。
「小説家になろう」の中で、『神さまSHOPでチートの香り』や『異世界料理道』のように、現実世界で死亡しながら、異世界で復活する物語が多く見られます。
『異世界料理道』では、「神」と直接対話したり、メッセージを受け取る場面は描かれていませんが、何らかの超自然的な働きによって、異世界で生かされていると言えます。


『異世界コンサル株式会社』や『異世界駅舎の喫茶店』の主人公たちは、『不思議の国のアリス』のように、異世界へ迷い込んだと言えます。
『不思議の国のアリス』や『ナルニア国物語』、『オズの魔法使い』は、主人公たちが異世界へ迷い込み、そこでの冒険や戦いを通して成長し、現実世界へ再び戻ってくる異世界往還譚です。
現実世界から異世界へ旅し、また現実世界へ戻るという構成は、中世の異世界航海譚から『ナルニア国物語』まで共通する必須要素と言えます。
『盾の勇者の成り上がり』の結末では、主人公は「神」として世界を守る旅を続けながら、「自分の分身」を異世界と現実世界に分けます。
「神」の力を捨て、人間として現実世界へ戻った主人公は、大学を卒業後、大企業に就職し、異世界から連れ帰った女性と結婚しており、異世界往還譚の系譜と言えます。

しかし、『不思議の国のアリス』や『ナルニア国物語』のような異世界往還譚は、「小説家になろう」において、実はあまり多く描かれていません。
「小説家になろう」の中では、完結した作品が少ないため、異世界へ移動した主人公たちがどのような結末を迎えるのか、まだ描かれていない場合が多いとも言えます。
しかし、『神さまSHOPでチートの香り』や『異世界料理道』のように、現実世界において死亡している場合、現実世界への帰還は不可能です。
『神さまSHOPでチートの香り』や『異世界料理道』は、異世界往還譚ではなく、現実世界から異世界へ片道切符の旅として描かれているのです。
『とんでもスキルで異世界放浪メシ』や『聖女二人の異世界ぶらり旅』、『聖女の魔力は万能です』においても、異世界へ召喚された主人公たちが現実世界へ戻る方法はないと語られています。
後述する「異世界転生」の作品においても、主人公たちが現実世界では死亡しているため、異世界から現実世界へ戻ることは不可能です。

発売元: 岩波書店
発売日: 2002/12/7

トールキンは、『指輪物語』の前日譚として『ホビットの冒険:ゆきて帰りし物語』(1937年)を執筆しています。
物語世界で、主人公ビルボ・バギンズが、自らの冒険を書き記した手記の表題が『ゆきて帰りし物語』です。
この表題を真似すれば、「小説家になろう」における「異世界召喚」や「異世界転移」、「異世界転生」と呼ばれる作品群は、「ゆきて帰らざる物語」であることが、大きな特徴と言えるでしょう。
「異世界転生」については、後ほど詳しく考察します。



(2)現実と異世界の<混合世界>

日常の中に「異世界」の要素が紛れ込む

『メアリー・ポピンズ』シリーズの一作目である『風にのってきたメアリー・ポピンズ』は、ロンドンの桜町通り17番地を舞台に、バンクス家に雇われた主人公メアリー・ポピンズが、主人夫婦と四人の子供たちと共に暮らす中に、魔法の要素が紛れ込み、さまざまな騒動を起こります。
この設定は、現実世界と異世界が空間的にはっきり区切られているわけではなく、現実世界と異世界の<混合世界>と言えます。


『メアリー・ポピンズ』のような、日常生活の中に魔法が描かれる表現技法は、「エブリデイ・マジック」(everyday magic)と呼ばれています。
児童文学の分野で古くから用いられてきましたが、イーディス・ネズビット(1858-1924年)がジャンルとして確立し、現実性と同時代性を持つ魔法と冒険のファンタジー作品が生み出されました。
イーディス・ネズビットの影響を受けて、『メアリー・ポピンズ』が誕生したのです。
『ハリー・ポッター』シリーズは、現代のイギリスが舞台で、現実の世界と地続きのどこかにある魔法学校での出来事が描かれており、『メアリー・ポピンズ』型のファンタジー作品と言えます。
「小説家になろう」の中で、『メアリー・ポピンズ』や『ハリー・ポッター』のように「エブリデイ・マジック」の手法を用いた作品として、次の作品があります。

  • サザンテラス『クラスが異世界召喚されたなか俺だけ残ったんですが』:クラスメイトが異世界へ召喚された中で、主人公はこちらの世界に残る。魔法の力を使えるようになった主人公が、現実世界の日常の暮らしの中で戦いを余儀なくされる。
  • みのろう『日本国召喚』:日本国全体が異世界へ移動するが、外交努力によって食料や石油資源を確保し、国民の生活は元の世界と変わらず保たれる。異世界の覇権主義国家による侵略戦争に日本が巻き込まれていく。
  • 裂田『俺んちに来た女騎士と田舎暮らしすることになった件』:山間部で農業を営む青年主人公の元に、異世界から若い女騎士が迷い込む。自分の世界へ帰ることが出来ない彼女は、主人公と共に暮らすことになり、徐々に絆を深めていく。

『クラスが異世界召喚されたなか俺だけ残ったんですが』では、主人公が中学生時代に、「異世界の神メトロン」によってクラスメイトたちが「勇者」として異世界へ召喚されますが、主人公だけが現実世界に取り残されます。
現実世界では、行方不明事件として大きく騒がれ、主人公は警察から事情聴取を受け、メディアに追いかけられ、家族で引っ越しや転校を余儀なくされます。
主人公は、神メトロンから「スキル」と呼ばれる魔法の力を授かっており、強力な魔法使いに成長しますが、現実世界では魔法があっても「特に使い道がない」と考えています。
メトロンは、わがままな子供のような神であり、メトロンによって現実世界に異世界のモンスターなどがあらわれ、主人公は騒動に巻き込まれていきます。

『俺んちに来た女騎士と田舎暮らしすることになった件』は、異世界出身の人物が現実世界にあらわれる物語であり、『メアリー・ポピンズ』との共通性を感じます。

『日本国召喚』は、日本国全体が異世界に移動し、異世界での外交に奔走する外務省職員や、防衛出動する自衛隊員たちを描いた群像劇です。
高度な古代文明を発達させた魔法帝国の復活に対抗するため、「太陽神」が「太陽を国旗とする」日本国を召喚したことが、作中で示唆されています。
この異世界では、魔法技術を中心に文明を築いており、高度な魔法技術を持たなければ、「文明圏外の国」として蔑まれます。
このような異世界側の視点から、科学を基礎に高度な機械文明を築いている日本の国力に対する驚嘆が描かれます。
日本人が日常に暮らす現実世界の方が、あたかも異世界であるかのように、物語世界の人々から定義されるのです。
したがって『日本国召喚』は、『メアリー・ポピンズ』のように現実世界の中に異世界が紛れ込むのではなく、異世界の中に現実世界が紛れ込む設定と言えるでしょう。

現実世界と異世界を日常的に往還する

発売元: 新潮社
発売日: 1999/11

フィリップ・プルマンの『ライラの冒険』三部作(1995-2000年)では、現実のイギリスに似ているものの、鎧を纏ったクマの王や魔女が暮らし、教会が大きな権力を持つ世界を舞台に物語が始まります。
その世界では、人々はみな「ダイモン」と呼ばれる動物の姿をしたパートナー(自己の魂を動物化した存在)を持っています。
主人公の少女ライラは、失踪した友達のロジャーを救出する旅に出ますが、やがて彼女は自分たちの世界以外にも何十億と世界が存在することを知り、別の世界へ渡ります。
その後、さらに別の世界から来た少年ウィルと出会い、さまざまな世界へ通じる窓を切り開くことが出来る「神秘の短剣」を手に入れるのです。
しかし、「世界と世界をつなぐ窓」が開かれるたびに、奈落の一部が漂い出て、「ダスト」と呼ばれる重要な未知の粒子や、自己の分身である「ダイモン」が失われることが明らかになります。
ライラとウィルは短剣で開かれた窓を全部閉じることを決め、二人は愛し合いながらも、それぞれの世界に別れる結末です。

「小説家になろう」の中で、『ライラの冒険』のように、現実世界と異世界を何度も行き来する作品として、次の作品があります。

  • 犬塚惇平『異世界食堂』:商店街の一角にある老舗の洋食屋には、異世界へとつながる魔法の扉がある。毎週土曜日、異世界の各地からさまざまな客が店に訪れ、食事を楽しむ。
  • 蝉川夏哉『異世界居酒屋「のぶ」』:老舗料亭で修行した店主が、新規開業した居酒屋「のぶ」は、入口が異世界へつながってしまう。「のぶ」の料理は、異世界の人々に徐々に受け入れられ、常連客が増えて、異世界出身の給仕や見習い料理人を雇う。
  • すずの木くろ『宝くじで40億当たったんだけど異世界に移住する』:宝くじで高額当選した青年主人公が、金目当てに集まる人々に嫌気がさし、山奥にある古い屋敷へ引っ越す。その屋敷で異世界へつながる扉を発見し、飢餓に苦しむ農民たちを助け、異世界の人々から慕われる。現実世界と異世界を何度も行き来し、日本の食糧や医薬品、技術を持ち込み、農業や技術を進歩させ、人々を豊かにしていく。
  • 忍丸『異世界おもてなしご飯』:主人公姉妹が、自分たちの住む家と共に異世界へ召喚され、妹は「聖女」として世界の邪気を払い、姉は手料理で妹を支える。やがて姉は護衛騎士と愛し合うようになり、妹の使命が果たされた後、姉は騎士と一緒に現実世界へ帰り、毎週末に異世界へ行く暮らしを始める。

『異世界おもてなしご飯』では、両親を亡くし、姉妹二人きりで暮らしていた主人公が、「聖女」として召喚された妹と共に、住んでいた家ごと異世界へ移動します。
これまで、親代わりとなって妹の世話をしてきた主人公は、異世界においても、「聖女」である妹を手料理で支えます。
やがて主人公は、自分の護衛騎士である青年に思いを寄せ、互いに愛し合うようになります。
「聖女」がその使命を終え、姉妹が現実世界へ帰還する時に、護衛騎士は愛する人と一緒に現実世界、彼にとっての異世界へ行くことを決めるのです。
主人公と護衛騎士は共に暮らしながら、現実世界と異世界を毎週行き来し、結婚に向けた準備を進めます。
現実世界へ戻った妹が高校を卒業し、自立した後に、主人公は護衛騎士と二人で異世界で暮らす予定としています。

『ライラの冒険』において、主人公ライラとウィルは愛し合いながらも別れを余儀なくされましたが、『異世界おもてなしご飯』では、同じ世界で共に暮らすという結末です。
このような結末の違いは、現実世界と異世界の関係をどのように定義するかに拠ると言えます。
『異世界おもてなしご飯』において、現実世界と異世界を行き来するための道具として、精霊王の聖石が用いられます。
この聖石に魔力を充填するのに、人間の力では五十年程かかるため、主人公たちが現実世界に帰れば、再び異世界へ来られるのは五十年後となるはずでした。
しかし、妖精女王や精霊王たちが主人公のために手助けし、「世界を行き来する」生活が可能となるのです。

一方、『ライラの冒険』では、無数の世界は「パラレル・ワールド」として設定されています。
三部作の一作目である『黄金の羅針盤』では、世界の関係について、コイン投げの例を出して説明しています。
コインの表か裏か、落ちるまでは二つの可能性は等しく、表が出たとき、もうひとつの世界で裏が出ると語られています。
ある世界において、ひとつの可能性が実現した時、その可能性が実現していない点のみが異なる別の世界が、新しく出現するということです。
何十億という世界が、互いに「自己と分身」の関係であるため、「世界をつなぐ窓」が開かれ、ある世界が分身である別の世界と出会うことは、その世界にとって「ダスト」や「ダイモン」を失い、世界の「死」を意味します。
そのため、ライラとウィルは本来は出会うはずのない存在であり、同じ世界で暮らすことは不可能なのです。

『異世界食堂』や『異世界居酒屋「のぶ」』、『宝くじで40億当たったんだけど異世界に移住する』においても、現実世界と異世界をつなぐ扉が常に開かれています。
『ライラの冒険』と比較すると、これらの物語中の現実世界と異世界は、「自己と他者」の関係であると言えます。
『異世界おもてなしご飯』は、二人の世界が「自己と他者」の関係であるからこそ、愛し合う二人がそれぞれの世界を行き来しながら、同じ世界で暮らすことが出来るのです。


『異世界食堂』や『異世界居酒屋「のぶ」』において、物語の舞台となる洋食屋や居酒屋は、現実世界と異世界のはざまにある場所と言うこともできます。
このような設定は、『ナルニア国物語』の『魔術師のおい』に登場する「世界と世界のあいだの森」との共通性を感じます。



3.異世界転生

(1)「異世界転生」と「異世界憑依」:『はてしない物語』と比較して


「小説家になろう」における異世界探訪譚の中で、前述したように、「異世界召喚」や「異世界転移」は現実世界の身体のままで異世界へ移動する物語です。
一方で、「異世界転生」と呼ばれる物語は、現実世界の身体を捨て去り、新しい身体で異世界へ移動する設定です。
新しい身体で異世界へ移動した主人公が、現実世界で死亡する記述が無い場合を「憑依・幽体離脱」、死亡している場合を「転生」と分類して、以下の作品を例示します。

    <憑依・幽体離脱>
  • りゅうせんひろつぐ『賢者の弟子を名乗る賢者』:青年主人公が、自分が遊んでいたゲームと限りなく近い世界に移動し、美しい少女のキャラクターに憑依する。男性の人格と少女の肉体をあわせ持った主人公が、凄腕の召喚術師として、かつての仲間を探す旅をしていく。
  • 秤猿鬼『骸骨騎士様、只今異世界へお出掛け中』:青年主人公が、自分が遊んでいたゲームのキャラクターの姿で、見知らぬ異世界に移動する。聖鎧を纏った骸骨の姿となった主人公は、強力な魔法や剣の力で、奴隷のエルフや獣人たちを救出していく。
  • 泉『俺の死亡フラグが留まるところを知らない』:青年主人公が、自分が遊んでいたゲーム世界のシナリオが始まる前の時間軸に移動し、貴族の少年時代に憑依する。主人公は自分が憑依した少年の成長後、ゲームシナリオで悪役となることを知っている。ゲームの結末通りに、世界の滅亡を防ぐ必要があるが、自分が死ぬシナリオは回避したい主人公は、少年時代からシナリオと異なる行動をし、陰謀に巻き込まれていく。

発売元: 岩波書店
発売日: 1982/6/7

主人公が新しい身体で異世界へ移動する物語と言えば、ミヒャエル・エンデの『はてしない物語』(1979年)があります。
主人公のバスチアン少年は、背が低く小太りで、スポーツや勉強もできず、学校でいじめられています。
彼は母を亡くしたばかりで、父とはほとんど会話をせず、関係が悪化していました。
そんなバスチアンが、誰にも見つからない学校の物置部屋に隠れて、『はてしない物語』という本を読み、その本の中の世界であるファンタージエンへ移動するのです。
ファンタージェンにおいて、バスチアンは「すらりとした驚くほどの美少年」、「誇り高く毅然とした姿勢」、「細面の気品にあふれた男らしい顔」、「東方の若い王子のような姿」へと変身するのです。
そして、「色の砂漠の王のライオン」を乗りこなし、「四人の勇士」を打ち負かす英雄として冒険します。
ファンタージエンから現実世界へ帰還後、バスチアンは父と和解し、愛と信頼の関係を回復する結末です。

エンデの『はてしない物語』は、「いわば観客が舞台にとび上がって舞台の登場人物になり切ってしまい、その舞台で長々と演じたあと、そこからまた客席にもどる」(子安美和子『エンデと語る』、1986))というように構成された芝居と同じ構造を持っています。
『賢者の弟子を名乗る賢者』や『骸骨騎士様、只今異世界へお出掛け中』、『俺の死亡フラグが留まるところを知らない』では、自分が遊んでいたゲームのような世界に移動し、ゲームのキャラクターに変身する物語です。
これらは明らかに、『はてしない物語』型のファンタジー作品であると言えます。
「小説家になろう」における「憑依・幽体離脱」の異世界探訪譚は、『はてしない物語』の手法を継承しながら、本で読む物語世界ではなく、ゲームで遊んだ物語世界へ移動するという現代に合わせた設定としています。

    <異世界転生>=現実世界では死亡
  • 伏瀬『転生したらスライムだった件』:通り魔に刺殺された社会人主人公が、異世界のスライムとして生まれ変わる。強力な魔物として成長し、やがて大魔王として魔物たちの国家を建国する。
  • 馬場翁『蜘蛛ですが、なにか?』:異世界における勇者と魔王の戦いによって、世界の枠を超越して爆発が起き、巻き込まれた主人公を含めて、クラスメイトと教師全員が死亡し、魂が異世界へ流出する。女子高生の主人公は、異世界で蜘蛛の魔物として生まれ変わる。
  • 棚架ユウ『転生したら剣でした』:交通事故で死亡した青年主人公が、異世界で強力な剣として生まれ変わる。その剣は、邪神に支配された神獣フェンリルを封じる神剣で、邪神の影響を受けない魂として主人公が異世界の女神によって選ばれた。
  • 漂月『人狼への転生、魔王の副官』:異世界で人狼として生まれ変わった主人公が、人間の都市を侵略するも、人間らしい統治によって、魔物と人間が共に暮らす街を築き上げていく。
  • デンスケ『四度目は嫌な死属性魔術師』:世界が複数存在する設定で、「魂の輪廻を司る神ロドコルテ」が、客船の沈没で死亡した主人公を異世界へ転生させる。科学と魔法の世界へ生まれ変わった主人公は、二度目の人生でも不幸で、若くして死亡する。二度目の世界と別の世界へさらに生まれ変わった主人公は、三度目の人生を生き抜くため、仲間たちと共に成長し、神々と戦う。
  • 理不尽な孫の手『無職転生 - 異世界行ったら本気だす -』:引きこもりで無職の青年主人公が交通事故で死亡し、異世界の貴族の息子に生まれ変わる。いじめによって不登校となり、勉強も就職もせず、親兄弟とも不仲だった前世を反省し、今世の主人公は幼い頃から剣や魔法の修行を頑張る。
  • 桜木桜『異世界建国記』:孤児院出身の青年主人公が交通事故で死亡し、古代の異世界で孤児として生まれ変わる。グリフォンの庇護下で孤児たちと共に暮らし、多くの戦いを経て、やがて古代ローマ帝国のような国家を建国する英雄譚。
  • 高山理図『異世界薬局』:薬学研究者だった青年主人公が過労死し、異世界で宮廷薬師である貴族の息子に生まれ変わる。主人公は、現代の薬学知識で女帝の病気を治療し、若くして宮廷薬師の地位を得て、貴族だけでなく、一般市民も治療が受けられる薬局を開業する。
  • 杏亭リコ『悪役令嬢は、庶民に嫁ぎたい!!』:若い女性主人公が転落事故で死亡し、自分が遊んでいたゲームのキャラクターである公爵令嬢に生まれ変わる。主人公はゲームのシナリオと異なり、錬金術師の少年に思いを寄せ、さまざまな騒動に巻き込まれていく。

「小説家になろう」における「転生」の異世界探訪譚も、主人公が新しい身体で異世界へ移動する物語として定義すれば、『はてしない物語』型のファンタジー作品と言えます。
さらに、2.(1)<多元的世界>:「異世界召喚」と「異世界転移」の特徴で考察したとおり、「異世界転生」の場合は、現実世界で死亡しているため、現実の日常生活へ再び戻ってくることが出来ない、「ゆきて帰らざる物語」です。
また、「憑依・幽体離脱」のうち、『骸骨騎士様、只今異世界へお出掛け中』も異世界でゲームのキャラクターに変身したまま、現実世界へ戻ってこない結末であるため、「ゆきて帰らざる物語」と言えます。

『はてしない物語』では、ファンタージエンと人間界の境を越える道は「正しい道と誤った道」の二つがあるとされ、人間にも三つの類型があると提示されています。
①ファンタージエンに決して行けない人間
②ファンタージエンに行ったきりで戻ってこない人間
③ファンタージエンに行って戻ってくることのできる人間

ファンタージエンの女王である「幼ごころの君」は、①や②は「誤った道」、③は「正しい道」であると語っています。
主人公のバスチアンは、③に当たる人間と言えます。
このことから、物語世界における深い体験と現実世界への帰還は、その人に人間的な成長をもたらし、日常生活を変革する力を持っている、というエンデのメッセージが感じられます。

一方で、「小説家になろう」の「転生」や「憑依」の異世界探訪譚は、②型の人間、異世界へ行ったきりで現実世界へ戻らない主人公を描いています。
②の場合は、異世界での体験を通じて、どんなに人間的に成長したとしても、現実世界の日常生活を変革し、豊かにすることはないと言えます。
『無職転生 - 異世界行ったら本気だす -』では、『はてしない物語』のバスチアンと同じように、コンプレックスにとらわれた主人公が描かれています。
いじめによって不登校となり、勉強も就職もせず、親兄弟とも不仲だった主人公は、異世界で生まれ変わると、前世の人生を反省して、幼い頃から剣や魔法の修行を頑張り、より良い親子関係を築きます。
このように、自分の行いを反省し、努力を重ねて成長を遂げる主人公は、現実世界へ戻り、無職で引きこもりであった日常生活を変革し、親の死と向き合い、兄弟と和解して信頼関係を回復できるのではないでしょうか?
しかし、バスチアンが子供であるのに対して、『無職転生 - 異世界行ったら本気だす -』の主人公は34歳であり、交通事故で死亡した上で、異世界へ移動します。
このことから、自分の人生を反省し後悔したとしても、すでに大人になっていては、現実世界の日常生活を変革できず、家族との和解も不可能であるため、生まれ変わって赤子から人生をやり直した方が良い、という作者のメッセージを感じます。

芸術とはつねに真、善、美を描きだしていなければならないとする考え...は正しくありません。芸術はいつも醜いもの虚偽、悪を描いてきました。ゴヤの絵を思い出してください。あるいはミケランジェロ。ほんとうの芸術は耐えられないほどの悪や罪を描きます。悲劇の名作なんかほんとうに耐えがたいものです。でもそれが舞台という魔術的な次元に移しかえられることによって、ホメオパティー的方法で観客の中に逆方向の力を呼びさまします。観客をかえって健康にしてくれる力です。それが芸術の秘密です。(子安美和子『エンデと語る』、1986))

このエンデの言葉は、芝居や本などの物語世界が、読者や観客に対してもつ「芸術の治癒力」を説明しています。
エンデは『はてしない物語』を通して、世界中の多くのバスチアンのような子供たち、自分にコンプレックスを持ち、親子関係がぎくしゃくし、いじめっ子たちから逃げて本を読む楽しみしかない子供たちに、癒しと励ましを与え、自分の生きる道を再び歩み始める手助けをしたのです。

したがって、「異世界転生」を描いた現代のファンタジー作品も、主人公が不本意に死ぬところから始まりますが、別世界での人生のやり直しを通して、現実を生きる読者を励まし、生きる力を与えているのかもしれません。



(2)「異世界転生」の死生観:現代の輪廻転生観


上述したように、「小説家になろう」では、現実世界から異世界へ生まれ変わった者、転生者を主人公とする異世界探訪譚が多数見られます。
この「異世界転生」作品群において、主人公が事故や病気、殺人などによって突然の死を迎える場面が繰り返し描かれることに、わたしは強い疑問を感じていました。
<異世界>を現実世界から離れ、心を癒し、人格的に成長する<場>として位置付けるならば、『ナルニア国物語』ないし『はてしない物語』型の異世界探訪譚で充分に表現できるため、「なぜ最初に主人公が死ななければならないのか?」という疑問が生まれるのです。
主人公に外見や容姿のコンプレックスがあるならば、『はてしない物語』のように異世界で変身させる手法が一般的なものであり、異世界へ移動する直前に、主人公が死亡する必要性が感じられません。
しかし、「異世界転生」作品は、主人公の<死後の生>を描こうとするものと考えれば、物語において主人公の死は必要な要素と言えます。
主人公が死後どこへ行くのか、すなわち死後の魂の行方を描いているという点において、「異世界転生」作品はきわめて宗教的なのです。
ダンテ(1265-1321年)は、地獄、煉獄、天国を旅する叙事詩『神曲』(1304-1321年)において、豊かな想像力によって、死後の彼方にあるものを語りました。
「異世界転生」作品は、『神曲』のような<生と死を超越した異世界>ではなく、『指輪物語』や『ゲド戦記』型の異世界を提示して、主人公の<死後の生>を描いていると考えられます。
「異世界転生」作品において、死後の魂の行方がどのように描き出されているかを考察し、現代日本の死生観を明らかにしたいと思います。



キリスト教と仏教における死生観


旧約聖書によれば、古代のイスラエル人たちは、死者は「シェオール」(陰府)と呼ばれる場所にくだると信じていました。(「創世記」37章34節)
紀元前2世紀頃から、終末にともなう死者の復活が信じられ、永遠の生命と永遠の罰という審判思想が信じられるようになります。(「ダニエル書」12章1-3節)
人々への福音を説いたイエスも、神の審判が近い未来に来ると当然のように信じており、「天の国は近づいた」と宣べ伝えています。(「マタイによる福音書」4章17節)

4世紀後半以降、西方教会ではアウグスティヌス(345-430年)が、最終的な審判に先立って、死後に生前の罪の許しがあると認め、「死後の魂の浄化」が信じられるようになります。
アウグスティヌスの解釈を展開し、グレゴリウス1世(540-604年)は、善行によって良い生活をした人は、死後すぐに天国へ入り、死後すぐに天国に入ることができない魂にも救済があることを示しました。
死後の魂の「清めの場所」は、後に「煉獄」と呼ばれるようになり、12世紀末から13世紀に煉獄に関する教理が確立します。
死後の魂の救済の可能性が認められると、生きた人間が死者のために祈り、善行を施すことで、浄化の苦しみが軽減され、故人の魂の救済に役立つという「執り成しの祈り」という思想が現れます。
中世後期の西ヨーロッパ世界の人々にとって、最後の審判以前に、天国と地獄の間に煉獄があり、浄化の炎で焼かれて、現世で犯した罪を償うことは、当然の事実として受けとめられていました。

このように、天国や地獄あるいは煉獄という別世界を提示する死生観と、「異世界転生」作品で描き出された、現実世界で死んでいるが、異世界で生きているという死生観は、実は共通していると考えます。
人間が生と死と向き合う際に、別世界の提示によって現実を多重化し、魂の救済を表していると言えるでしょう。
しかし、「異世界転生」作品では、輪廻転生は当然の事実のように描かれており、ほとんどの作者が「転生とは何か?」という説明を省略しています。
この「異世界転生」作品における輪廻観は、仏教における業報・輪廻思想とは全く異なっており、現代的な死生観の一側面としてとらええることが出来ます。



原始仏教と呼ばれるニカーヤや阿含の経典類では、輪廻転生の教説が多数記録されており、業報・輪廻思想は、仏教の中心的な思想と言われています。
仏教では「三世の因果」として、過去・現在・未来の輪廻思想と、善因善果、悪因悪果の業報思想が結びつけて考えられています。
この輪廻思想と業報思想のルーツは、古代インドの思想であるウパニシャッドに見られます。

最初期の成立とされる『チャーンドーギヤ・ウパニシャッド』(紀元前800-500年頃)では、人間の心臓の中には、永遠不変なるアートマン(霊我)があり、人に死が迫ると肉体から霊我が離脱し、新たな肉体へ宿るとされます。
森で信仰と苦行と瞑想を行う出家者は、死後に神界や太陽、月を経て、ブラフマン(宇宙我)のもとへ行きます。
村で祭祀や布施を行う在家者の場合は、死後に祖霊界を経て、再び来た道を引き返し、風や霧、雲、雨などに変化し、地上へ降ります。
そして穀物や草木となって芽を出し、それを食べた人を通して母胎へ宿り、再び人間として生まれると述べられています。

『チャーンドーギヤ・ウパニシャッド』と並び、最初期の成立とされる『ブリハッド・アーラニヤカ・ウパニシャッド』では、ヤージュニャヴァルキヤと呼ばれる哲人が、死後の運命について「人間は善業によって善者となり、悪業によって悪者になる」と語っており、業報思想のルーツと言われています。

ブッダの時代において、輪廻はあると当然のように信じられており、古代インドの各宗教はいずれも輪廻から解脱する方法について模索していました。
ブッダが他宗教と異なったのは、実体としての「我」、すなわちアートマンを認めず、全ての存在を因縁所生として考え、無我思想を説いた点にあります。
仏教において、実体我あるいは霊魂が存在しないのであれば、何が輪廻するのでしょうか?
ブッダが説く輪廻の主体は「業」であり、生命が「業」に従って絶えず変転、流転していくことが輪廻なのです。
したがって、仏教の核心は無我思想にあり、業と輪廻は切り離せない一つの教義であり、輪廻から解脱する道は「業相続」の断滅と言えます。

日本における輪廻転生譚のルーツ


発売元: 小学館
発売日: 1995/8/22

平安時代初期の成立とされる、日本最古の仏教説話集『日本霊異記』(822年頃)では、転生者を主人公とする説話が多数記録されています。

武蔵国多磨群の大領であった大伴赤麻呂が、死後に黒まだらの子牛に生まれ変わった。
その牛は自分で背に碑文を負っており、その碑文を読むと、「赤麻呂は自分で造った寺を荘厳にし、わがまま勝手の気分に従い、自分勝手に寺の物を借用し、まだ借りた物を返済しないうちに死去した。借物を償うために牛と生まれ変わったのである」と書いてあった。
このために親類縁者や同僚たちは、自分たちも反省すると恥じ入るばかりで、因果の報を恐れかしこんだ。(『日本霊異記』中巻第九)

伊賀国の高橋連東人は、たいへんな金持ちで財産が多かった。死んだ母のために法華経を写し、願をかけて、一人の乞食僧を招いた。
その夜、この乞食僧の夢に赤い牝牛が来て、「わたしはこの家の主人の母です。この家の牛の中に赤い牝牛がいます。その赤い牝牛がわたしです。わたしはずっと以前、前世で子の物を盗み用いました。そのため今、牛の身に生まれ変わって、前世の罪悪を償っているのです。あなたは明日わたしのために法華経を説こうとする僧ですから、尊んで、ていねいに知らせるのです。事の真偽を確かめたいのなら、説法の御堂の中に、わたしの座席を用意してください。わたしはその席に座りましょう」と言った。
乞食僧から夢の内容を聞いて、東人は座を設けて牝牛を呼ぶと、牝牛は座に座った。そこで東人はひどく泣いて、「本当にわたしの母だ。わたしは全く知らなかった。そのような因縁ならば、今わたしはすべて許して差しあげよう」と言った。
牛はその言葉を聞いて大きくため息をついた。法会が終わった後、その牛はそのまま死んだ。(中巻第十五)

紀伊国名草群三上村の人が、薬王寺のために広く薬の基金の増殖につとめていた。ある時、まだらの子牛が薬王寺の境内に入り、寺の人が追い出しても、やはりまた帰って来て、塔の下に伏して去らなかった。
人々に「この牛は誰の牛か」と尋ねたが、誰一人としてわたしの子牛だと答える人がいなかったので、寺の下男は子牛を飼った。子牛は年を経て成長し、寺の仕事に追い使われた。
それから五年たったある時、寺の檀家の岡田村主石人の夢にその子牛が現れ、「わたしは桜の村にいた物部麿です。わたしは以前、寺の薬の基金の酒二斗を借り用いて、まだ支払わないうちに死んだ。こんなわけで現在、牛の身に生まれ、酒の借りを返すために使われているのです。使われる年期は八年間ということになっています。現在五年使われて、まだ三年残っています。寺の人はいたわりの心がなく、わたしの背を打ち、酷使します。これはたいへん苦痛です。あなた以外には情けをかけてくれる人もいないので、窮状を訴えるのです」と言った。
寺のために酒を造っている家主であった石人は、それを事実と確認した後、寺僧や檀家の者たちとともに、ことの因縁を悟り、牛に哀れみをかけて、読経し供養してやった。
牛は八年の労役を終えて、どこかへ去って行った。そして再び姿を現さなかった。(中巻第三十ニ)

このように、『日本霊異記』では、悪業を働いた者が牛などの家畜に転生する説話が多く記されています。
寺物を借用して返さず、死後牛に生まれ変わって働かされるというテーマは、『日本霊異記』上巻二十話、中巻九話、中巻三十ニ話に見られます。
中巻三十二話「寺の利殖用の酒を借り用いて、返済しないで死に、牛となって使われ、負債を返済した話」では、「もし人が負債を支払わなければ、牛羊・鹿・驢馬などの家畜の類になって、その前世の負債を返済するのである」と警告されています。
平安時代末期に成立したとされる『今昔物語集』の巻二十第二十二話は、この説話を基とすると言われています。

大和国山辺群に住む僧善珠禅師は、熱心に学を修めて、知恵、修行ともども備わっていた。皇族をはじめ臣下から敬われ、僧や俗人に尊ばれていた。彼はひたすら仏法を広め人を教化するのを勤めとしていた。そこで天皇はその仏法修行の徳を尊び、善珠に僧正の位を賜った。
さて、その善珠のあごの右の方にほくろがあった。善珠は臨終にあたり、「わたしは必ず日本の国王の夫人、丹治比の胎に宿り、王子と生まれ来よう。わたしはほくろをつけたまま生まれるから、それで真偽のほどが分かるだろう」と言った。死後、丹治比が一人の王子を産んだ。そのあごの右の方にほくろがついており、それは先の善珠禅師のようであった。そんなわけで、御名を大徳の親王と申しあげた。(下巻第三十九、前半)

伊予国神野群に石鎚山という、高く険しく、普通の人は登ることができない山がある。ただ身心を清めて修行する者だけが石鎚山を登り得て、住むことができた。
この石鎚山に身心を清めて修行する僧がいて、その名を寂仙菩薩といった。当時の僧や俗人は寂仙が身心を清めて修行するのを尊んだので、あがめたたえて、菩薩と呼んだのである。
寂仙は臨終に及んで、文書を書き記し、弟子に与えて、「わたしは死後二十八年の後に、国王の御子に生まれ来て、名を神野というだろう。この名をもって、寂仙の生まれ変わりと知るがよい...」と告げた。
それから二十八年を経て、平安の宮に天下を治めになった桓武天皇の皇子に生まれ、その御名を神野の親王と申しあげた。今、平安の宮で十四年を通して、天下をお治めになっている嵯峨天皇がこの方である。(下巻第三十九、後半)

下巻第三十九「知恵と修行とを兼ね備えた僧が、再び人の身となって、天皇の御子に生まれ変わった話」は、『日本霊異記』の最終話です。
前半が、善珠禅師が桓武天皇の大徳親王に転生します。後半は寂仙菩薩がやはり桓武天皇の皇子として転生、即位して嵯峨天皇となり、聖君とうたわれます。
『霊異記』全体のまとめとして、作者・景戒は「人々の口伝えの話を選び、善悪を類別して不思議な話を書き留めた」と述べています。
景戒は、ひそかに出家した私度僧の一人であったと言われています。
官大寺の官度僧たちが貴族と結びついて教団を形成したのに対して、私度僧たちは民衆とつながり、仏の教えを伝道しました。
『霊異記』における転生譚は、自分たちが現実に見聞きした、この世のことがらとして、仏の善報悪報を語っています。
景戒は『霊異記』の最後に、「願はくは、此の福を以て、群迷に施し、共に西方の安楽国に生れむことを」(下巻第三十九)と述べています。
「迷える人々に功徳を授け、共に極楽浄土に生まれたい」という景戒のメッセージは、作者の深い信仰をあかしするものと言えるでしょう。



現代の輪廻転生観


『日本霊異記』は、後世の文学に大きな影響を与えたと評価されています。
上述した『今昔物語集』では、『霊異記』と共通するものが72話もあり、ほとんどが『霊異記』から直接引用されています。
平安時代中頃から後期には、仏教説話ではなく、『更科日記』や『浜松中納言物語』など、物語の中で輪廻転生のテーマが描かれるようになります。
この『浜松中納言物語』を典拠として、三島由紀夫(1925-1970年)が『豊饒の海』(1969-1971年)という、主人公が輪廻転生していく長編小説を執筆しています。

『霊異記』の転生譚で語られているように、仏教では業報思想と輪廻思想が結びつけられて、「業に従って輪廻する」と信じられてきました。
しかし、「異世界転生」作品では、仏教の業報・輪廻思想と異なり、業と輪廻が切り離された輪廻転生譚が描かれています。

『転生したらスライムだった件』や『蜘蛛ですが、なにか?』、『人狼への転生、魔王の副官』において、主人公がスライムや蜘蛛の魔物、獣頭人身の人狼に生まれ変わっていますが、生前に悪業を働いたことへの代償ではなく、「ただ輪廻しただけ」として描かれています。
『悪役令嬢は、庶民に嫁ぎたい!!』や『無職転生 - 異世界行ったら本気だす -』では、主人公が生前に善業を積んだわけではないにもかかわらず、貴族の子という高い身分に生まれ変わっています。
このように「異世界転生」作品では、「輪廻するが、業報は存在しない」という現代の輪廻観が見られるのです。


また、日本の伝統的死生観には、古来から「先祖祭祀」(祖霊信仰)がありますが、これは実は仏教の輪廻転生と矛盾していると言われています。
先祖が輪廻しているのならば、祖霊として一定の場所に落ち着いているわけではないため、祭祀は無意味となるからです。
仏教の伝来によって、「祖霊を祭祀する共同体内で生まれ変わりする」という民俗的輪廻観が生まれ、先祖祭祀と仏教的輪廻観を両立し、矛盾を解消してきました。
現代の日本でも、仏壇に安置してあるのは位牌であり、「ほとけさま」に手を合わせることは「ご先祖さまの霊」を拝むことを意味しています。
しかし、「異世界転生」作品では、日本人が当然のように外国人へ転生しており、伝統的な先祖祭祀意識の弱まりを強く感じます。
超文化的な輪廻観が多く語られるということは、祖霊を祭祀する共同体(「家」)からの離脱であると言えます。


現代の輪廻転生観は、「業」を主体とする仏教の輪廻思想とも、先祖祭祀と結びついた民俗的輪廻思想とも異なっています。
「業」は存在しないと考えるならば、何が輪廻するのでしょうか?
『転生したらスライムだった件』や『四度目は嫌な死属性魔術師』、『無職転生 - 異世界行ったら本気だす -』、『悪役令嬢は、庶民に嫁ぎたい!!』では、実体的な「魂」が肉体の死後も存在するものとして描かれており、人格の連続性が見られます。

『無職転生 - 異世界行ったら本気だす -』では、34歳で引きこもりの「俺」という人格が、交通事故で死亡した直後から、転生身である新生児に引き継がれており、転生直後は自分が死亡したことに気づかず、戸惑う様子が描かれています。
「俺」は、転生身の父親に対して「34歳の俺から見れば、若造」と見なしており、表向きは「父様」「母様」と呼びますが、内心ではパウロ、ゼニスと実の両親を他人のように呼んでいます。
「俺」は、前世の交通事故死が原因で、家の庭より外へ出ることを怖がっていましたが、ルーデウスとして5歳まで成長した時、魔術の先生の導きによって、ついに外へ出て、トラウマを克服します。
このことからも、「俺」の人格と、貴族の息子ルーデウスの人格が連続していることが明らかです。
したがって『無職転生 - 異世界行ったら本気だす -』は、引きこもりで34歳の「俺」が、新しい肉体で人生経験を積むことで、前向きな自己肯定に変わっていき、転生を通しての人格的成長が描かれていると言えます。


『悪役令嬢は、庶民に嫁ぎたい!!』において、主人公は自分が遊んでいたゲームの世界に、ゲームのキャラクターである公爵令嬢イザベラとして転生しており、転生身が6歳の時に前世の記憶を思い出し、コールセンターに勤める28歳の「私」という人格を取り戻します。
「私」は、ゲームに登場するウルシュ青年が好きであったため、少年時代のウルシュと出会った時、イザベラは前世から引き継いだ彼への思いを告白するのです。
自分の思いが彼に受け入れられた時、「前世から、命削ってまで思い続けてきた甲斐があった」と内心で語っており、「私」の人格が、イザベラに引き継がれていることが分かります。
前世の記憶を思い出した後も、彼女は両親や兄姉に対して家族として愛着を持って接していることから、6歳のイザベラがこれまで形成してきた経験的自我と、28歳の「私」という実体的自我が統合されたと考えられます。

『悪役令嬢は、庶民に嫁ぎたい!!』は、『ライラの冒険』のように複数の並行世界が存在する設定であり、「私」が遊んだゲームのシナリオは、自分が転生した世界の「並行世界」の一つと言えます。
その並行世界において、天才錬金術師であるウルシュは、大量破壊兵器を開発し、金貨に執着する「最凶災厄の大賢者」として成長しています。
大賢者ウルシュは、「生きた大量殺戮破壊兵器」である魔王を人工的に造り出すために、人間の魂に干渉する実験を行い、「私」の魂がイザベラとして転生しました。
しかし、「私」がイザベラとして生まれたことで、「私」の人格ではないイザベラが生きる世界、すなわち大賢者ウルシュが生きる世界とは異なる新しい世界が出現したと言えます。
「私」がウルシュに思いを寄せていたため、イザベラとウルシュは婚約し、ウルシュはイザベラを大切に思うようになり、大量破壊兵器や金貨に執着する「大賢者ウルシュ」とは、全く異なる人格へと成長していくのです。
イザベラの婚約者であるウルシュは、自分の豊かな才能をイザベラを守り、喜ばせるために用いており、多くの人々に役立つ先進的な道具を開発していきます。
大賢者ウルシュは、「私」の魂に魔王の要素を組み込みましたが、人格の観念が欠落していたため、「私」がイザベラに転生することの影響力を予測出来なかったと言えます。
このように『悪役令嬢は、庶民に嫁ぎたい!!』では、個人を個人たらしめているのは人格であるという作者のメッセージが強く感じられます。


人格の不滅


これまで見てきたように、「小説家になろう」の中における「異世界転生」を主題とする多くの作品群では、人格の連続性が存在する輪廻転生が描かれています。
仏教の輪廻思想は、業が相続されるだけで、人格の観念が欠けており、人格の連続性は存在しないと言えます。
仏教の業報思想とキリスト教の審判思想は、人々に善業をすすめ、悪業を戒める教えは似ていますが、人格性への着目が異なります。
業報思想では、行為者と、その行為の応報を受ける者とが、別の者であると考えられていますが、審判思想では、責任の基礎が人格にあると考えられており、輪廻転生は審判の基礎を危うくするものと言えます。
ギリシア哲学やキリスト教において語られてきた「人格の不滅」と輪廻転生を結びつけ、業報や審判思想を切り離したものが、「異世界転生」作品の死生観であると考えます。
前述したように、仏教の輪廻転生思想は本来、キリスト教の審判思想と矛盾するため、両立不可能ですが、現代の輪廻転生観では「業」も死後審判も存在しないため、この矛盾を無視しているのです。

和辻哲郎(1889-1960年)は、『原始仏教の実践哲学』(岩波書店、1927年)において、輪廻思想が成立するためには、前世と来世を貫く同一の「我」がどうしても必要である、と主張しています。
和辻は、輪廻の主体は「我」あるいは「霊魂」と呼ばれるような、「自己同一的な個人的或る者」でなくてはならない、と述べています。
ブッダの無我思想では、経験我は存在しても、実体我は存在しないと説かれており、輪廻の主体として「自己同一的な何か」を設定することを拒否しています。
和辻は、西洋哲学における人格の観念に強い影響を受けたためか、無我思想に基づく輪廻転生思想に反対し、輪廻転生思想は有我思想でなければ成立しないと主張しています。
このような和辻の輪廻転生観は、「異世界転生」作品における<人格の連続性が存在する輪廻観>と、共通していると言えるでしょう。

発売元: 岩波書店
発売日: 1998/2/16

古代ギリシアの哲学者プラトン(紀元前427-347年)は、『パイドン』において、ソクラテスと弟子たちによる議論を通して、「魂の不滅」について語っています。
「ひとが死ぬと、同時に、魂は散り散りになり、それが魂にとっては、存在することの終りではないのか」という死へのおそれに対して、ソクラテスは次のように述べています。

「その論証はすでに、シミアスにケベスよ、いまだって、じつはあるのだ」とソクラテスはいわれた、「それはもしも君たちが、いまの想起の説と、その前に同意した、すべて生あるものは死せるものから生じるという説とを、ひとつに結び付ける気になりさえすればね。なぜなら、一方では、魂がこの生以前にも存在するということがあり、他方では、魂がこの生へおもむき、生成してくる場合には、ほかでもなくそれは死から、すなわち死という状態から必然的に生じてくるのだとすれば、それらのことの必然の帰結として、すくなくとも魂はふたたび生じてくるべきである以上、魂が死後も存在するということにどうしてならないだろうか。したがって、君たちが指摘したことの論証は、いまもすでにあることはあるのだ」(『パイドン』23章、岩波書店)

ソクラテスが語った「魂の先在の論証」は、輪廻転生思想と共通しており、「魂の不滅」と輪廻転生を結び付けています。
『パイドン』31章から32章では、「魂がつながれる行先」すなわち転生身として、善因善果、悪因悪果と似た考えが示されています。
「大食や、ほしいままな行いや、暴飲などをつつしまず、それらをつねの習いとしてしまった者」は、「驢馬」や「獣の種族」に入りこむのが当然とされてます。
「不正とか専制とか略奪とかをなによりも好ましいとした者」は、「狼とか鷹とか鳶の種族」が入りこむのが当然とされています。
「公共の市民としての徳をおさめた者」は、自らに似た公共の生活をいとなむ順化された種族である、「蜜蜂とか雀蜂とか蟻などの種族」に至ることが当然とされ、ふたたび「善良な人間」として生まれてくることも当然ある、と述べられています。
さらにソクラテスは、「知を求めるいとなみ(哲学)に徹し、一点のくもりもなしに清浄となってこの世を去る者」は、「神々の一族に至る」と語っています。
『パイドン』は、ソクラテスが死刑となる当日を舞台とする作品であり、「魂の不滅」について語ることによって、ソクラテスは弟子たちを励まし、「死をおそれるな」というメッセージを伝えています。

『パイドン』37章の中で、ソクラテスの弟子ケベスは、魂と肉体の関係について、人間が衣服を着ることにたとえています。
人が衣服を何度も着つぶしては、新しい服に着がえるように、「魂というものは、そのおのおのが数多くの肉体をつぎつぎと使い古していく」と述べています。
魂を主体とする輪廻転生思想について、「肉体=衣服」という非常に珍しい比喩を用いて語っています。
使い古された衣服を、つねに新しい衣服に着がえること、すなわち輪廻を繰り返していくうちに、いつか魂が滅びるのではないか?と、ケベスはソクラテスに問いかけています。
ソクラテスは52章から56章において、魂の不死性と不滅性を論証し、「不死のものはまたけっして破滅をうけることはないとされる以上は、魂はまさに不死のものであるからには、また不滅なるものであることになる」(56章)と答えるのです。
したがってソクラテスの考えでは、魂は不死であり、不滅であり、輪廻を繰り返しても存在し続けると言えます。
このように、「異世界転生」作品における、人格の連続性が存在し、「人格の不滅」と結びついた輪廻観は、古代ギリシア哲学に源流を見ることができるのです。


(2)「異世界転生」の死生観:現代の輪廻転生観の最初に述べたように、「異世界転生」作品で描き出される<異世界>は、天国や地獄という死後の世界と、その本質的において同じであると考えます。
「異世界転生」作品において、『指輪物語』や『ゲド戦記』のような別世界が多く提示され、「死後の生」が語られることは、古代から中世にかけて、主要な宗教が形成してきた天国や地獄のような別世界へのアンチテーゼとも言えます。
したがって、現代の作家たちが「異世界転生」を主題に、輪廻する<私>の物語を描くことは、個体の死を超越した「人格の永続性」の希求であると思われます。



4.まとめ


「小説家になろう」における異世界探訪譚を対象に、それらがどのような構造をもって現実世界から異世界への移動を表現しているのかを整理し、考察してきました。
全体として、「小説家になろう」の中で描き出される「異世界」は、『指輪物語』や『ゲド戦記』の設定や世界観を共有する傾向が多く見られます。
「異世界転移」や「異世界召喚」と呼ばれる作品群は、現実世界から異世界へ移動を描いており、『不思議の国のアリス』や『ナルニア国物語』の系譜と言えます。
このような異世界探訪譚は、中世の『聖ブレンダンの航海』や『御曹子島渡』にも見られる古典的なモチーフであり、人間の普遍的願望が示されています。
また、「小説家になろう」では、「異世界転生」や「異世界憑依」と呼ばれる、現実世界の人格はそのままに、新しい身体で異世界へ移動する異世界探訪譚が人気であり、多数連載・出版されています。
「異世界転生」と「異世界憑依」は、主人公が異世界で変身するという点では同様であり、ともに『はてしない物語』の系譜と言えます。
しかし、「異世界転生」作品群は、現実世界から異世界へ生まれ変わった転生者を主人公としており、<主人公の死後の生>を主題とする、特異なものであると言えます。
『日本霊異記』における日本最古の転生譚を手がかりに、「異世界転生」作品に描き出される現代の輪廻転生観を検討したところ、「業」を主体とする仏教の輪廻思想とも、先祖祭祀と結びついた日本の伝統的死生観とも異なることが明らかになりました。
「異世界転生」作品における現代の輪廻転生観は、「業」や死後審判が存在せず、先祖祭祀からも離脱しており、人格の連続性だけが存在します。
ギリシア哲学やキリスト教において語られてきた「人格の不滅」と、インド古代思想から展開してきた輪廻転生思想が渾然一体となったものが、「異世界転生」作品に描き出される現代の死生観であると考えます。
古来より、天国や地獄のような<生と死を超越した異世界>が説かれてきたのと同様に、「異世界転生」作品は、現実を多重化し、主人公が死後、別の世界で生きていることを提示する点において、宗教的であると言えます。
「異世界転生」作品では、若い主人公が事故や病気、殺人などによって、心の準備もなく、突然に死を迎える場面が多く見られます。
そのような主人公の魂が死後、異世界へ行くことを描き出すことによって、「異世界転生」作品は、現実の不条理な死と向き合おうとしていると言えます。



おまけ:「冒険者ギルド」の考察


ギルド(guild)は多義的な言葉ですが、「同業組合」としての手工業的ギルド(craft guildあるいはZunft)が思い浮かびます。
「同業組合」の源流には、古代ローマ時代の同業団体「コレギア」があると言われています。
13世紀末から14世紀に入る頃に、「同業組合」の力が強くなり、同じ職業に携わる人は、明確に定められた規則を守り、監視役の審査員の権威を尊重するようになります。
同業者たちは、いわゆる「一つの金庫、一つの印璽、一つの標識」を持ち、多くの場合はキリスト教の「信心会」を母体としていました。

同じ聖人を崇敬することで結びついた「信心会」は、定期的に集まって食事し酒を飲み交わし、祭典では崇敬する聖人像をかかげて行列し、メンバー同士の慈善と扶助を原則としました。
そのような「信心会」は11世紀中頃からあり、例えばフランスの金銀細工師の場合は、聖エロワを自分たちの守護聖人として崇敬しました。
聖エロワ(エリギウス)は、6世紀末にリモージュで金細工を学び、フランク王国のクロタール2世の王冠を造り、数多くの教会や修道院を創建し、ノアイヨンの司教となった言われています。
13世紀末、パリの金銀細工師たちは、病気や貧窮に陥った仲間を助け、仲間の誰かが死んだ場合は、その遺児を一人前の職人に育てるなどの協力体制を作ったのです。
ドイツやイタリアの多くの「同業組合」でも、これらの相互扶助活動に加えて、互いの団結を強めるための日曜日の集会、新入りの職人の歓迎会、亡くなった仲間の追悼ミサを行っていました。

「信心会」を母体とする「同業組合」は、本来は慈善的な相互扶助のための共同体でしたが、近隣諸都市との競争の中で、生産のコントロールと規制のための階層化された組織体へと変化していったのです。
14世紀から15世紀にかけて、貧富の差はますます拡大してき、格差の拡大を抑制するために、「同業組合」は組合の管轄外での「闇作業」や出稼ぎ農民を雇うことを禁じたり、親方の数を制限したり、メンバー同士の競争を厳しく規制したり、新しい機械の導入を禁じたりしました。
やがて、どこの都市においても、親方資格を得ても親方になれない職人たちが多数を占めるようになり、人に雇われ給与で生活する労働者、いわゆる「プロレタリアート」の数が増えていくのです。

「小説家になろう」のファンタジー作品における「冒険者ギルド」は、「ギルド」と呼ばれていますが、上述したような「同業組合」と厳密には異なる組織であると言えます。
「冒険者ギルド」は、「冒険者」たちに薬草採取や魔物討伐、護衛などの仕事を紹介することが大きな役割として描かれています。
「冒険者」の仕事ぶりを審査して、等級を定めることも「冒険者ギルド」の役割とされています。
「同業組合」の場合は、一人前の親方になるためには、親方昇格作品を仕上げて、その力量と誠実さを示し、組合の入会金を用意し、メンバーの推薦も受けなければなりませんでした。
親方資格授与の儀式は、多くの証人の立ち合いで盛大に行われ、宣誓し、御馳走が振舞われたと言われています。
「冒険者ギルド」が、「冒険者」志願の若者たちの力量を模擬戦で試したり、「冒険者」の仕事を審査して、等級を上げたりすることは、「同業組合」と共通するところがあると言えます。

しかし、「冒険者ギルド」は、同じ信仰で結びついた「信心会」ではないため、「冒険者」同士の相互扶助や慈善活動はほとんど描かれていません。
『くま クマ 熊 ベアー』の主人公ユナは「冒険者」として活動しながら、孤児院の支援に尽力しています。
ユナは、養鶏業を起業して、鶏の世話や採卵を孤児院に委託したり、自分が経営するカフェの給仕として孤児たちを雇用するなど、孤児たちの自立を助けています。
『転生したら剣でした』では孤児院を経営する「冒険者」の女性が登場し、『とんでもスキルで異世界放浪メシ』の男性主人公も「冒険者」として活動しながら、孤児院や教会に多額の寄付を行っています。
このような「冒険者」たちの慈善活動は、個人的奉仕によるものであり、「冒険者ギルド」が貧民救済を行っているわけではないと言えます。
上述した、パリの金銀細工師たちの「同業組合」では、品物の売買のたびに、1リーヴルあたり1ドゥニエを収める市場税を積み立てた基金を使って、市立病院に入院する貧しい人々に施しを行っています。

また、「冒険者」のルーツで述べたように、「冒険者」を「17世紀頃の傭兵」として考えるならば、「冒険者」をとりまとめる「冒険者ギルド」は、まさに「三十年戦争期の傭兵軍」と言えるでしょう。
三十年戦争の時期の軍隊は傭兵軍であり、「傭兵隊長という軍事企業家によってつくられた企業」でした。
「傭兵隊長は、君主と契約を結ぶと、有能な連隊長たちに連隊編成の特許状を与えて業務を下請けさせ、連隊長たちは中隊長を任命して業務を孫請けさせた」(鈴木直志『ヨーロッパの傭兵』山川出版社、2016年)と言われています。
「冒険者ギルド」の中で、引退した上級「冒険者」が「ギルド長」を務めることが多く見られます。
魔物の暴走が都市を襲った時に、人望ある「ギルド長」が、「冒険者」たちを率いて都市を防衛する構図は、傭兵隊長に指揮される傭兵軍に近いものを感じます。
さらに、三十年戦争に従軍した傭兵たちは、それぞれ妻子を帯同していたため、傭兵軍の半数は女性や子供、すなわち非戦闘員で構成されていました。
傭兵の妻たちは、戦闘後の略奪に積極的に参加し、宿営でパンを焼いて販売するなど、家計を助けていたと言われています。
「冒険者ギルド」において、若い女性が働いている場面や、「冒険者」志願の子供などがよく描かれますが、傭兵軍が多くの女性や子供を包摂する一つの社会であったことを考えると、それほど不自然ではないのかもしれません。




参考:日本古典文学全集『日本霊異記』(小学館、1975年)
『プラトン全集1』より『パイドン』(岩波書店、1975年)
松尾宣昭「「輪廻転生」考(一) : 和辻哲郎の輪廻批判」(龍谷大學論集、2007年)
岡田明憲『死後の世界』(講談社、1992年)
時田郁子「怪物と移動 : グリンメルスハウゼン『ドイツの冒険者ジンプリチシムス』」(成城大学、ヨーロッパ文化研究、2018年)
前田珠子「異世界の作り方 : 『ハリー・ポッター』と『ライラの冒険』」(駿河台大学論叢、2006年)
ロベール・ドロール『中世ヨーロッパ生活誌』(論創社、2014年)