- ガン病棟〈第1部〉 (1969年)
- 発売元: 新潮社
- 発売日: 1969
現在、ソルジェニーツィン追悼月間です。
ソルジェニーツィンの長編『ガン病棟』(1968年)を読了しました。
『ガン病棟』は、人間が自分の病気と死に向き合うことを描いた作品です。
このテーマを扱った作品と言えば、トルストイ『イワン・イリイチの死』や、映画「生きる」(黒澤明監督)が思い浮かびます。
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『ガン病棟』は、ウズベク共和国の首都タシケント市の総合病院のガン病棟が舞台の、いわゆる<主人公不在の小説>です。第1部は1955年2月初旬の1週間、第2部はそれから1ヶ月後の3月初めを描いています。
第13病棟すなわちガン病棟には、ラーゲリ生活を終え、永久追放の身であるオレーク、党官僚として権力のあるパーヴェル・ニコラーエヴィチ、若く才能を認められた地質学者ヴァジム・ザツィルコ、旋盤工として働きながら勉強をするまだ16歳のジョームカなど、さまざまな階層を代表する患者たちが収容されており、誰もが等しく同じ死の淵に立たされています。
彼らの治療に当たる女医、看護婦、雑役婦など数多い登場人物たちも、死と向き合う普遍的な人間像であり、それぞれが人には言えない暗い影を背負っています。
普遍的な人間存在を描いていると同時に、『ガン病棟』は1955年のソビエト社会の縮図であり、そこに描かれた人々は、1955年のソビエト社会に"生きた具体的な人間"なのです。
本作の特徴と言えるポリフォニーの手法は、きわめて効果的に"生きた"人間を浮かび上がらせていますね。
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『ガン病棟』は、1968年ソビエト作家同盟機関紙「文学新聞」によって「思想的に見て本質的に改作を要する作品」と決めつけられ、ソルジェニーツィンは激しく批判されました。
「ノーヴィ・ミール」誌にすでに発表されていた『イワン・デニーソヴィチの一日』、『クレチェトフカ駅の出来事』、『マトリョーナの家』、『公共のためには』、『胴巻のザハール』の単行本は出版を拒否され、彼の作品の公開朗読会やラジオでの朗読放送も禁止されていました。『ガン病棟』も、数章ずつの掲載は5つの雑誌に拒否され、全編の掲載は3つの雑誌に拒否されたと言われています。ついに西欧での『ガン病棟』の出版という事態を迎え、国内でのソルジェニーツィンをめぐる状況はいっそう厳しくなりました。
そして1969年10月、彼は突如としてソ連作家同盟リャザン支部から除名されました。それまでに、彼はどんな小さな文章をも国内では発表できない状況にありましたが、ソ連作家同盟の会員であることは、ソビエト社会における彼の身分を保証するものだったのです。
皮肉にも翌1970年秋、ノーベル文学賞が決定しました。スェーデンの文芸評論家たちはこの受賞について、「ソルジェニーツィンの文学が生き残るためにはノーベル賞は不要であろうが、ノーベル文学賞の権威のためにはソルジェニーツィンの文学が必要である」と論評したといいます。
この讃辞が暗示した通り、どれだけ当局に禁じられようとも、ソルジェニーツィンの文学は現在まで生き残っています。
★ソルジェニーツィン「ガン病棟」(2)