- 生きる [Blu-ray]
- 発売元: 東宝
- 発売日: 2009/12/18
黒澤明監督「生きる」(1952年)を観ました。
製作当時、黒澤監督は42歳。
日本が戦後の混乱期を終え、高度成長期へと入っていった時代の作品です。
ベルリン映画祭で銀熊賞を受賞しています。
『生きる』は、「死」から「生」への再生のドラマです。
「いすを守るだけの人生」を送ってきた市役所の市民課長渡辺は、ある日突然、自分が胃がんであと半年しか生きられないだろうということを知ります。
これまでの人生で、「生きた時間」がなかった彼は、役所を無断欠勤し、生の意味を求めて夜の歓楽街をさまよいますが、歓楽街をいくらめぐっても、彼の心の空白は埋まらず、彼の彷徨はつづきます。
市役所にいると退屈で死にそうだと辞職願を持ってきた、部下の若い女性職員、とよ。
渡辺は、生き生きとした生命感のあふれるような彼女に強く惹かれ、食堂へ行き、スケートで一緒に滑り、公園へ、映画館へ彼女を連れまわします。
滑稽にすら見える彼の行動は、彼自身にとっては真剣そのものでした。
嫌がるとよに頼み込み、最後に喫茶店で会ったとき、渡辺は自分の死期が近いことを告げ、どうしたら君のように生きられるのか教えてくれと迫ります。
とよは驚き、答えに困りながらも、風呂敷から自分で作ったうさぎのおもちゃを取り出し、ネジを巻いてみせます。
彼女はおもちゃを製造する町工場に転職していたのでした。
「こんなもんでも、作ってると楽しいわよ。私、これ作り出してから日本中の赤ん坊と仲良しになったような気がするのよ。課長さんもなにか作って見たら...」
渡辺は、かたかたと動くうさぎをじっと見つめます。
その、鬼気迫る異様な眼。
その時、渡辺の表情が急に変り、「いや...遅くはない...いや...無理じゃない...あすこでも...やればできる...ただ...やる気になれば...」
渡辺はうさぎをつかむと、よろめきながら出て行きます。
彼はまさにこの瞬間、生まれ変わったのでした。
二人の背景には、誕生パーティを準備する学生たちのにぎやかな光景が置かれています。
出ていく渡辺が階段を降りるのとすれ違いに、祝ってもらう少女が上がってきます。
階段の上から学生たちがいっせいに、「ハッピー・バースディー・トゥー・ユー」と歌いだします。
その歌声はまるで、生まれ変わった渡辺の、新しい誕生を祝う歌のように響くのです。
なんて象徴的で優れた演出でしょう。
自分の人生を歩き始めた渡辺は、住民から陳情されたまま放置されていた公園の建設に、残された一生をかけるのです。
◇◇◇
『生きる』は、わたしが初めて観た黒澤映画です。
今まで観た日本映画の中で、最高の名作だと思いました。
苦悩する「小さな人間」である渡辺が、死を目前にして、「他者のために生きること」に、生の意味を見出すというところが、一番心に響きました。
同じ時期に読んだ、トルストイの『イワン・イリイチの死』は、透きとおった何かきれいなもので、心が浄化されるように感じました。
映画「生きる」は、濁っているけれど、あたたかくて、やわらかいもので、心がいっぱいになりました。
鑑賞日:2008年5月24日