2008/07/15

トルストイ「復活」(上巻)

復活 (上巻) (新潮文庫)
復活 (上巻) (新潮文庫)
  • 発売元: 新潮社
  • 価格: ¥ 660
  • 発売日: 2004/10

トルストイ『復活』(1889-99年)、上巻を読了しました。
新潮文庫の木村浩訳です。

『戦争と平和』を読んだあとに、最後の長編である『復活』を再読すると、
トルストイの、作家としての成熟がよく分かる気がします。
上巻は、トルストイお得意の生き生きとした貴族社会の描写が、ほとんどありません。刑務所の劣悪すぎる環境と、悲惨で滑稽で、それでいて愛おしい女囚たちの生が、描かれています。

◇◇◇

トルストイの人間観察眼の鋭さに、今回あらためて気づかされたので、引用します。

 ふつう世間では、泥棒とか、人殺しとか、スパイとか、売春婦などというものは、自分の職業をよくないものと認めて、それを恥じているにちがいない、と考えがちである。ところが実際はまったくその逆なのである。世間の人びとはその運命なり、自分の罪悪や、過失なりによって、ある特定の立場に置かれると、たとえそれがいかに間違ったものであろうとも、自分の立場が立派な尊敬すべきものに見えるように、人生ぜんたいに対する見方を、自分に都合よく作り上げてしまうものなのである。そのような見方を維持するために、人びとは自分の作り上げた人生観なり、人生における自分の位置なりを認めてくれるような仲間たちに本能的にすがりつくのである。われわれにしても、その腕のよさを鼻にかける泥棒とか、淫蕩を自慢する売春婦とか、残忍ぶりを誇る人殺しなどについては、驚きあきれざるをえない。しかし、われわれがあきれるのは、これらの人びとの仲間や雰囲気があまりにも限定されたものであり、われわれ自身がその外に置かれているためである。しかし、自分の富すなわち略奪を誇る金持ちとか、自分の勝利すなわち殺人行為を誇る軍司令官とか、自分の権力すなわち圧政を誇る権力者などの間にも、やはりこれと同じ現象が生まれているのではないだろうか? われわれはこれらの人びとの中に、自分の立場を正当化するために、人生観や善悪の観念の歪曲を見出さないのは、そのような歪曲された観念をもつ人びとがはるかに多数をしめ、しかもわれわれ自身がそれに属しているからにすぎないのである。
(トルストイ『復活 上』木村浩訳、新潮文庫)


自己肯定できるような人生観や人間観を作り上げて、それによって自己肯定する犯罪者たちのメンタリティに、まず驚かされました。
そして、このようなメンタリティが、金持ちや軍司令官や権力者といった社会の多数派の人びとにも当てはまり、さらに悪いことに彼らが多数派であため、彼らの人生観や人間観が、主流(正統)なものとされるという指摘には、ほんとうに学ばされました。


トルストイは、情景描写や人物描写がすばらしく上手い作家です。貴族も農民も兵卒も仕官も役人も、囚人たちでさえ、いま息をしているかのようなリアルさがあります。
でも、トルストイの描写力のもっともすばらしいところは、目に見える表層部分だけでなく、人間の内面の奥深いところ、その精神的特徴までつかみとって、活写しているところなのだと、今回あらためて思いました。


読了日:上巻 2008年7月14日

★トルストイ「復活」(下巻)