2008/05/09

米原万里「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」

嘘つきアーニャの真っ赤な真実 (角川文庫)
  • 発売元: KADOKAWA / 角川学芸出版
  • 発売日: 2012/6/28

米原万里『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』(2001年)を読了しました。

プラハのソビエト学校で少女時代を過ごした米原さんが、30年後に音信不通となった3人の親友を探し歩き、ついに再会を果たすエピソードが収められてるノン・フィクションです。
一番印象に残ったのは、ユーゴスラビア人のヤスミンカを訪ねた「白い都のヤスミンカ」です。

「これをあなたに手渡したくて、ユーゴスラビアまでやって来たの」
ヤースナは包みを開いた。そして、抱きついて来た。
「ああ...ありがとう、マリ...でも、きまり悪いなあ。あたし、絵描きになれなかったから」
ホクサイの浮世絵『赤富士』だった。仕事が順調になって収入に余裕がでたとき、真っ先に買った。いつか、ヤースナに会って渡そうと思っていた。それから一五年近くも経ってしまっている。

少女時代、北斎の赤富士を「私の神様」と言い、
「ウキヨエのマスターになる」と夢見ていたヤースナ。

「この戦争が始まって以来、もう五年間、私は、家具を一つも買っていないの。食器も、コップ一つさえ買っていない。店で素敵なのを見つけて、買おうかなと一瞬だけ思う。でも、次の瞬間は、こんなもの買っても壊されたときに失う悲しみが増えるだけだ、っていう思いが被さってきて、買いたい気持ちは雲散霧消してしまうの。それよりも、明日にも一家が皆殺しになってしまうかもしれないって」
「ヤースナ!」
「何もかも虚しくなるのよ...この五年間、絵も一枚も買っていないの。だから、マリが買ってきてくれた版画は嬉しかった」
ヤースナは先ほどの包みを開いて、絵を高く掲げた。
「もし、爆撃機が襲来したら、これだけは抱えて防空壕に逃げ込むからね」

激動の時代を生き抜いた彼女らの人生は、三人三様ですが、それぞれに痛みや苦悩を抱えていて、胸がつまります。
しかしとても、心が癒される良品でした。

作品全体の雰囲気が、リッツァが愛してやまなかった「ギリシアのすみきった青い空」のイメージに感じられました。
憧れと醜さと切なさがモザイク模様になったようなイメージです。
人間というものは、なんて複雑で、なんて素敵なんだろうと、感じました。



読了日:2008年5月9日