2008/04/20

トルストイ「クロイツェル・ソナタ」

イワン・イリイチの死/クロイツェル・ソナタ (光文社古典新訳文庫)
イワン・イリイチの死/クロイツェル・ソナタ (光文社古典新訳文庫)
  • 発売元: 光文社
  • 価格: ¥ 660
  • 発売日: 2006/10/12

『イワン・イリイチの死』に引き続き、『クロイツェル・ソナタ』(1889年)を読みました。
古典新訳文庫の望月哲男訳です。

妻を殺した男の思想は、フェミニズム思想史の視点から見ると、なかなか面白いです。
リベラル・フェミニズムの限界を批判し、「私」的領域での不平等の問題を扱っていると言う点では、ケイト・ミレットらラディカル・フェミニズムの立場にとても近いような気がします。
「私」での不平等を是正するためにためには、「男性の女性観が変わり、女性自身の女性観が変わることしかない」という帰結は、その通りなのですが、そのための方法が"禁欲"になるのが、トルストイらしいと言うか、ラディカル・フェミニズムの主流の議論と大きく異なるところです。

時代の制約でしょうか。キリスト教の影響でしょうか。
でも、同じキリスト教を思想的バックボーンにしている、メアリー・デイリーらポスト・キリスト教フェミニズムの立場や、フェミニスト神学の立場とも一致しないので、やはり時代の制約かもしれません。
時代の制約があったとはいえ、

ではひとつ、あの軽蔑の的となっている不幸な女性たちと最上流の社交界の貴婦人たちを見比べてみてください。衣装も同じ、ファッションも同じ、香水も同じ、腕、肩、胸のむき出し方も同じなら、ヒップを強調するぴっちりしたスカートも同じ、宝石や高価な光物への情熱も同じ、気晴らしもダンスも音楽も歌も同じではないですか。一方がありとあらゆる手段で男を誘惑しようとしているとすれば、他方も同じことをしているのです。何の違いもありません。もし厳密に定義するならば、こう言うしかないでしょう―短期型の売春婦は通例軽蔑され、長期型の売春婦は尊敬される、と。

という一文を見ると、現代でも論争が続いている「性の商品化」問題の本質を見事に捉えていて、なかなか鋭いなぁと思います。



読了日:2008年4月13日