2020/10/30

マルセー・ルドゥレダ「ダイヤモンド広場」

ダイヤモンド広場 (岩波文庫)
  • 発売元: 岩波書店
  • 発売日: 2019/8/21


2020年10月10日の読書会で、マルセー・ルドゥレダの『ダイヤモンド広場』を読みました。
マルセー・ルドゥレダ(1908年-1983年)は、スペイン・バロセロナに生まれ、カタルーニャ語で執筆した小説家です。
彼女の代表作『ダイヤモンド広場』(1962年)は、30以上の言語に翻訳され、映画や舞台にもなり、戦後のカタルーニャ文学の傑作の一つと言われています。
『百年の孤独』で有名なノーベル文学賞作家のガルシア・マルケスは、マルセー・ルドゥレダの愛読者であり、「『ダイヤモンド広場』は内戦後にスペインで出版された最も美しい小説である」(1983年)と絶賛しています。

『ダイヤモンド広場』は、1930年から50年代にかけて、スペイン・カタルーニャ州のバルセロナを舞台にした、一人の女性の半生の物語です。
本作は、第二共和国の到来とその後の内戦、戦後を背景としており、この歴史的な時代におけるバルセロナの人々の日常生活を忠実に記録しています。

※ネタバレ注意※

【目次】
1.小説『ダイヤモンド広場』について
...あらすじ
...感想と考察
2.映画"La plaza del Diamante"(1982年)について

1.小説『ダイヤモンド広場』について

あらすじ

若く初々しい主人公ナタリアが、バルセロナのグラシア街(Vila de Gràcia)にあるダイヤモンド広場(La plaza del Diamante)で、青年キメットと出会うことから物語は始まります。
ナタリアはケーキ屋で働き、ホテル・コロンで料理人として働くペラという許嫁がいましたが、彼女はペラと別れ、キメットと結婚します。
二人は古いアパートの一室を借りて新婚生活を始め、すぐに二人の子供(息子アントニ、娘リタ)に恵まれます。
キメットは木工所を自営する家具職人で、友人シンテットとマテウがいました。
彼の仕事は次第に上手くいかなくなり、ナタリアは旧家のお屋敷で家政婦として働き始めます。
キメットは家事や育児をナタリアにまかせきりで、鳩の飼育に夢中になっていきます。

1936年7月、スペイン共和国政府に対して王党派のフランコ将軍が軍事クーデタを起こし、スペイン内戦が勃発しました。
キメットやシンテットやマテウは共和国の民兵として出征し、前線へ行きます。
内戦が始まると、武装した民兵たちによって神父や地主、商店主などが処刑され、教会が燃やされ、土地や屋敷が接収されるようになります。
その状況の中で、ナタリアはお屋敷の家政婦の仕事を解雇され、市役所の清掃婦の仕事に就きますが、母子の生活は困窮を極めます。
ナタリアは、わずかな食料を手に入れるために、持っているものを全て売らなければならず、友人ジュリエタのすすめで息子アントニを困窮児童保護施設に預けます。
ナタリアが結婚する前からの友人ジュリエタは、共和国軍の民兵となっていました。
そしてキメットとシンテットが戦死し、マテウが銃殺されたという知らせを受けます。

困窮児童保護施設から帰ってきた息子アントニは、深刻な飢餓状態で、施設で暮らしている時に受けた虐待によって、別人のようになっていました。
明日の見通しが立たない中、持っているものは全部売り、掃除の仕事を掛け持ちして懸命に働きますが、ほとんど収入にならず食料は底をつき、飢え死の恐怖が迫ってきます。
極限まで追いつめられたナタリアは、二人の子供を殺して、自分も自殺することを決意します。
母子心中しようとしたナタリアを救ったのは、食料品店を営むアントニでした。
店主アントニは、塩酸を買い求めたナタリアが、お金を忘れたと明らかな嘘をついているのに気づきながら、塩酸を手渡します。
しかしアントニは、店から出たナタリアを追いかけ、彼女に家政婦として働くことを提案しました。
アントニの思いやりの提案を受けて、彼女は自殺のために手にした塩酸を店に返します。
そしてアパートに帰り、キメットの戦死を知った時でも泣かなかったナタリアは、ついに号泣したのです。

1939年、内戦はフランコ軍が勝利して終わりました。
以後、フランコの独裁は彼の死(1975年)まで続くことになります。
アントニの元で家政婦として働きながら、ナタリアはどん底の生活を少しずつ再建していきます。
その後、アントニは彼女に結婚を申し込み、貧しい未亡人であったナタリアは、彼の求婚を受け入れ、再婚しました。
再婚した夫アントニは、前夫キメットよりもはるかに理解がある男性であり、ナタリアの子供たちにとっても良い父親でした。
新しい生活に慣れようと必死だったナタリアは、娘リタから同じクラスの子の戦死したはずの父親が帰ってきた話を聞き、キメットも帰ってくるのではないかと悩み、恐怖におののきます。

時が経ち、息子アントニと娘リタは成人し、息子は継父の食料品店の跡継ぎを希望し、娘はバルを経営する実業家の青年と結婚しました。
娘の結婚式の夜、ナタリアはかつて暮らしていたアパートを一人で訪れ、キメットと初めて出会ったダイヤモンド広場へ行き、地獄のような叫び声を上げます。
そして前夫の呪縛から解放された彼女は、現在の夫アントニの家へ再び戻り、彼に愛情を感じながら眠りについて、健やかな朝の目覚めを迎えるところで物語は終わります。


感想と考察

本作は、スペイン内戦前(1-23章)、戦中(24-36章)、戦後(37-49章)の三つの部分から構成されています。
1929年に世界恐慌が起こり、1931年4月にスペイン革命が起きて、アルフォンソ13世が退位してブルボン朝の立憲君主体制が打倒され、第二共和政が成立しました。
新政府は政教分離を推し進め、土地改革も目指しましたが、これにカトリック教会、地主、資本家などが反発し、ファランヘ党というファシズム政党が誕生します。
これに対して、反ファシズムの運動が高まり、1936年2月に社会党や共産党などを中心としたスペイン人民戦線内閣が成立しました。
人民戦線内閣は労働者や貧農に支持された一方で、教会や地主、資本家は反発し、軍部を率いて人民戦線(共和国)政府に対する反乱を起こしたのが、フランコ将軍です。
このスペイン内戦は単に内戦にとどまらず、国際的な戦争に発展していきます。

まず人民戦線(共和国)政府を支援したのは、ソ連と世界各国から集まった義勇兵による国際義勇軍(国際旅団)でした。
国際義勇軍の中には、映画にもなった『誰がために鐘は鳴る』を執筆したアメリカ人のヘミングウェー、『人間の条件』を執筆したフランス人のアンドレ・マルロー、スペイン内戦の実態を『カタロニア讃歌』というルポルタージュにまとめた、イギリス人のジョージ・オーウェルなどが参加していました。
20世紀スペインを代表する詩人であり、『血の婚礼』を執筆したガルシア=ロルカは、内戦が始まった1936年8月19日の朝にフランコ側によって処刑されました。
一方、反乱軍を支援したのは、ナチス=ドイツ、イタリア、ポルトガルです。
イギリスとフランスは、スペインの内戦に対して介入せず、見て見ぬふりをする不干渉政策をとります。
そして1939年、スペイン内戦は人民戦線(共和国)側の敗北のうちに終結しました。

毎日の生活は、小さな頭の痛い問題はいくつかあったけれど、こんな風に流れていた。スペインが共和国になるまでは。キメットは浮かれちゃって、叫んだり、どこから引っ張り出してきたのか私にはついにわからなかった旗を振ったりしながら通りを行進している。私はまだあの日の冷たい空気を覚えている。あの空気は思い出しこそするけれど、二度と味わうことのできない空気だった。二度と。柔らかい葉っぱの匂いや花のつぼみの匂いと混ざり合った空気、逃げて行ってしまった空気、そのあとやってきたどの空気とも全然違っていたあの日の空気。私の人生にスパッと傷がつけられた。あの四月とまだつぼみの花たちと一緒に、私の小さな頭痛の種は大きな頭痛の種になり始めたから。(マルセー・ルドゥレダ『ダイヤモンド広場』、岩波文庫、89頁)

世界史上の転換点であったスペイン内戦を背景としているにもかかわらず、主人公ナタリアに内戦が与えた影響は、死と飢えだけでした。
ナタリアには、夫キメットが共和国軍で戦う意義(ファシズムから自由と民主主義を守る)が理解できず、勤め先のお屋敷の一家が武装した民兵によって虐げられると、民兵の仲間に夫がいることを恥じ入る気持ちになります。
第二共和政が成立が成立したその日に、ナタリアは「人生にスパッと傷がつけられた」ように思い、二度と味わうことのできない「冷たい空気」を感じており、旗を振って行進に加わり喜ぶ夫キメットとは真逆の不安やおそれを抱いています。
彼女にとっては、王政も共和国もファシズムも重要な問題ではなく、家族がそろって衣食住が満ち足りる生活であることを求めていたと言えます。

読書会では、このようなナタリアの政治的無関心を批判する意見も出されました。
以前、ジェイン・オースティンの『高慢と偏見』(1813年)を取り上げた読書会においても、同様の批判が出されました。
『高慢と偏見』の時代背景には、アメリカ独立戦争やナポレオン戦争があったにも関わらず、作中でほとんど触れられていないため、身分制社会の矛盾に対する問題意識が無い、ナポレオン戦争と向き合っていないといった批判が出されたのです。
しかし、フランス革命からナポレオン戦争をめぐる激動の時代に生きていたオースティンが、革命や戦争をあえて主題とせず、女性の結婚だけを主題に執筆し続けたのは、それがまさに当時の女性たちの心情を反映していたからではないでしょうか。
オースティンと同じく女性の作家であるマルセー・ルドゥレダは、ナタリアを通して銃後の女性たちのリアルな心情を描いたのだと、わたしは考えます。

夫キメットが戦死し、貧窮のどん底にいたナタリアは、偶然訪れた教会で無数の「小さな玉」(197頁)が祭壇の上に現れる幻視をしました。
そして、天使たちの歌声で「お前たちは戦争で死んだすべての兵士たちの魂を目前にしているのだ」、「悪をよく見ろ、神が祭壇からあふれさせ給う悪を」(198頁)と歌う声を聞きます。
ナタリアには、戦死した夫も含めた「すべての兵士たちの魂」が、「大きな苦しみの井戸の底」にいるように感じられたのでしょう。
そして、夫が従軍した人民戦線(共和国)側も、夫を殺したフランコ将軍側も、どちらの側も神の目からは「悪」を犯しているのだ、と考えていたからこそ、彼女はこのような幻を見て、天使の声を聞いたのだと考えます。


ナタリアの夫キメットは、身勝手で利己的な男性であり、読んでいて不愉快に感じました。
二人が結婚する前に、キメットが「もし俺の嫁さんになりたければまず、俺がいいと思うものをいいと思えるようになるんだ」(19頁)と自分の好みを押し付け、彼女の意見は頭ごなしに否定し、「長々とお説教」をする場面があります。
彼女が働くケーキ屋の主人の悪口を言い、仕事を無理やり辞めさせようとしたり、彼女が元許嫁のペラと会っていたと言いがかりをつけ、謝罪を強要しました。

キメットは、ナタリアを名前で呼ばず、「小鳩ちゃん」を意味する「クルメタ」(Colometa)という愛称で常に呼びます。
婚前や新婚なら分かりますが、二児の母親となった妻に対して、このような子供っぽい愛称で呼び続けるのは、彼女を対等の人格として認めず、見下しているように感じられます。
またキメットは、「かわいそうなマリア...」(20頁)と時々つぶやいて、悲しげに溜息をつくことありました。
ナタリアは、「マリア」をキメットのガールフレンドだと考えて、夫の友人マテウに誰なのかを問いましたが、マテウは「キメットにマリアっていうガールフレンドがいたことはないよ、絶対に」(158頁)と答えます。
読書会でも、この「マリア」が一体誰を指すのか、議論となりました。
わたしは、この「マリア」とは女性の代名詞であり、「これだから女は...」(27頁)と女性を罵る言葉と同様の意味で使っていると考えます。
そして厳密に言えば、この「マリア」はナタリアを指しており、「クルメタ」と並ぶもう一つの彼女の愛称とも言えるでしょう。
キメットは、ナタリアに対して「お前はなにもわかっちゃいない」(19頁)と言い、自分の好みに合わせるように説教した後に、「かわいそうな...」という言葉をつぶやいています。
したがってキメットは、ナタリアが自分の意見を言ったり、彼の思い通りにふるまわなかった時に、何もわかっていないかわいそうな女だ、と彼女を蔑み、同情することで留飲を下げていたのではないか、とわたしは考えます。

ナタリアは、そんなわがままなキメットの全てを不平を言うことなく受け入れ、外では家政婦として働き、家では家事と育児に奮闘しました。
当時の多くの女性たちは、ナタリアと同じように、利己的な夫との幸福をもたらさない結婚に没頭し、夫を完全に主役にするために、自分を背景におき、自分のアイデンティティを放棄したのでしょう。
現代の読者は本作を通して、ナタリアが生きなければいけなかった時代の慣習、結婚生活の現実を知ることが出来るのです。

ナタリアが夫の全てを受け入れ、不平を口に出さないからと言って、彼女が不満を感じていないわけではありません。
彼女が、夫の愛玩する鳩たちをひそかに虐めたのは、夫との家庭生活におけるストレスが限界に達したからにほかなりません。
鳩の飼育に夢中になって、鳩小屋の掃除や世話を自分に押し付ける夫に対して、彼女は内心「我慢の限界だった」(147頁)のであり、「脳みその中に赤くくすぶる熾火」(144頁)を燃やしていたのです。
夫が大事にする鳩たちを虐め、ひそかに夫に対して反抗することを、彼女は「大革命」(148頁)と表現しています。
夫に従うことが当たり前の彼女にとっては、それは「革命」と呼べるほどの反抗だったと言えます。


スペイン内戦後、ナタリアは食料品店を経営するアントニと再婚します。
新しい生活に慣れようとしていた中、彼女はキメットとよく似てきた娘リタの目を見て、戦死したはずの彼が帰ってくるのではないかと怯えるようになります。
それから彼女は不眠に悩まされ、「生きるのが辛くなって」(227頁)、今で言えばうつ病の症状に長い間苦しめられるのです。
時が経って、娘リタの結婚をきっかけに、ナタリアはキメットと暮らしていたアパートを、再婚してから初めて見に行きます。
今や新しい住民が住むアパートの扉は開かず、その扉にナイフで「クルメタ」と刻み付け、彼女はダイヤモンド広場へ歩き出しました。

すると、すべての家が揺れ始めた。まるで全部水の中に浸けられて、誰かが水をゆっくりと動かしているみたいに。家々の壁は上へ上へと伸びていって、お互いにもたれ合い始めた。蓋の役目をしていた空はどんどん小さくなって、その穴が漏斗の出口になった。私は誰か連れに手を握られるのを感じた。それはマテウの手だった。彼の肩にサテンのネクタイをした鳩が止まった。私はそんな鳩は一羽も見たことがなかったけれど、羽は玉虫色だった。漏斗の中で渦を巻く暴風を感じた。漏斗の出口はもうほとんど閉じかけている。私は何を避けようとしているのかわからないまま両腕で顔を覆って、地獄の叫びをあげた。もう何年も前から私の体の中に閉じ込められていたに違いない叫びだ。その叫びはあんまり幅が広いんで、私の喉を通って口から出てくることができずにいたんだけど、その叫びと一緒に、「無」のかけらが、まるで唾でできたゴキブリのように飛び出した...その、ずいぶん長いこと私の中に閉じ込められていた「無」のかけらは、何だかわからない叫び声とともに逃げ去っていく私の若さなんだろうか...(263-264頁)

再婚した夫アントニは、ナタリアを「ナタリア」と名前で呼びます。
ナタリアにとって、「クルメタ」という愛称はキメットの妻として生きてきた過去の自分を象徴する言葉だったと言えます。
そのため、彼女はかつてのアパートの扉に「クルメタ」と刻んで立ち去ることで、「クルメタ」であった過去の自分と完全に決別したのでしょう。

そして、キメットと初めて出会った思い出のダイヤモンド広場に入り、彼女は渦を巻く「漏斗」の中に巻き込まれるような幻視をします。
この「漏斗」とは、彼女がかつて極限まで追いつめられ、塩酸を飲んで母子心中する決意をした時の象徴です。
当時、わずかな食料を買うため、持っていたものを全部売り、台所に残っていたのは「口を下に置かれた漏斗」(193頁)だけでした。
ナタリアは、漏斗を手にとって、「二人が寝ているあいだに一人ずつ順番に、口に漏斗を突っ込んで塩酸を流し込む。それから私も飲む。それで終わりだ」(193頁)と決意したのです。
アントニの勇気ある思いやりの行動によって、この母子心中を食い止めることが出来ましたが、子供たちを殺し、自分も死ぬと決めた時、ナタリアの心は一度死んでしまったのではないでしょうか。

「漏斗」の幻視の中で、彼女はマテウに手を握られたように感じますが、その手は「漏斗の出口」すなわち死の世界へ彼女を引き入れる手だったと解釈できます。
夫の友人マテウは、ナタリアと最後に会った時、「キメットは君みたいな奥さんに出会えて自分がなんて幸運なのかわかっていない」と言い、「君のことを尊敬していたし、君のことを大切に思っていたんだ」(159頁)と告白しました。
キメットは、このような感謝や愛情を言葉で言うことは一度もなく、妻の忍耐と献身を当たり前のこととしてふるまっていました。
マテウの言葉によって、初めて自分を認められたナタリアは、その後マテウが銃殺されたと知った時、キメットの戦死を知った時よりも衝撃を受けるのです。
その当時の彼女は、すでにキメットよりもマテウに心を寄せていたことが分かります。
母子心中を決意した時、教会から帰る途中で、ナタリアは「マテウが手を差し出しているのが見えた」(200頁)と感じていました。
だからこそ、「漏斗」の中で彼女の手を握ったマテウの手は、死の世界へ再び引き込もうとする手だったと言えます。

しかし、彼女は「地獄の叫び」をあげて死の誘惑を拒絶し、何年も前から彼女の心の中に閉じ込められていた「無」のかけらを吐き出すのです。
ナタリアは、キメットの全てを受け入れることで、自分のアイデンティティを放棄し、少しずつ「無」になっていたと考えられます。
そして母子心中を決意した時、彼女の心は一度死に、完全に「無」になってしまったと言えます。
彼女はその当時、「皆、死んでいた。すでに死んでしまった人たちは死んでいる。生き残った人たちも死んだようなものだ」(200頁)と感じていました。 アントニのやさしさのおかげで、ナタリアの心は死から蘇りましたが、癒しきれないトラウマは「無」のかけらとなって、その後も長い間彼女を苦しめ続けました。
「地獄の叫び」とともに、「無」のかけらを吐き出したことで、彼女はついに自分の力でトラウマを乗り越え、うつから抜け出すことができたのです。

「クルメタ」であった若い頃の自分と決別し、死の誘惑を拒絶し、「無」のかけらを吐き出して、ナタリアはようやく夫アントニと向き合うことが出来るようになります。
ダイヤモンド広場を出て、アントニの待つ家へ戻りながら、アントニは自分に何年も何年も感謝の言葉を言い続けてくれたのに、自分自身はアントニに一度もありがとうと言ったことがないことに気づくのです。
彼女は心の中で「ありがとう」とアントニに言います。
そして、彼女は「善き人生」(265頁)の象徴である、アントニと暮らす家へ帰り、心配して彼女を待っていたアントニと一緒に、眠りに着きます。
ナタリアは、アントニを抱きしめてやさしく撫で、「体の不自由な気の毒なこの人は私のものなのだから」と感じ、彼が「死んじゃ嫌だ」、「私のアントニがいなくなってしまわないように」(268頁)と願いながら眠りに落ちるのです。
それまで不眠に苦しんでいた彼女は、「石の眠り」(268頁)と表現されるほど、ぐっすりと眠ることができました。
したがって本書は、身勝手な夫と戦争に翻弄された女性の、死と再生の物語と言えます。
ナタリアが自分自身でトラウマを乗り越え、うつから脱出する場面は、読んでいて心揺さぶられました。
物語の最後に、一人ひとりの人生を小さな水たまりにたとえ、その水の一つ一つに小さな空が映っている情景描写は、非常に美しいと感じました。


最初の夫キメットは、ナタリアを「クルメタ」と呼び続け、一度も「ナタリア」と呼びませんでしたが、再婚した夫アントニは彼女を「ナタリア」と呼びました。
明らかにアントニの方が、彼女を一人の人格として尊重していると言えます。
キメットは「なかなかの見た目」(60頁)と表現されており、新婚初夜の場面では彼の容姿が、「キラキラ光る目」(59頁)や「全身がすらっとしている」(60頁)など、細部まで詳しく描写されています。
一方、再婚したアントニは「疱瘡でできた顔のあばた」(207頁)であり、決して美青年とは言えず、さらに不幸にも戦傷によって性的不具となったと書かれています。
たくましい美青年であったキメットよりも、あばた顔のアントニの方が圧倒的に人格は優れていると言えます。
しかし、もしナタリアが若く初々しい美少女だった頃に、キメットとアントニの両方からプロポーズされていたら、やはりキメットを選び、幸福をもたらさない結婚に苦しめられただろうと思います。
キメットと出会った時、彼女はペラという許嫁がいたにもかかわらず、ペラと別れて、キメットを選びました。
ダイヤモンド広場でキメットに強引にダンスに誘われ、一緒にダンスした時に、ナタリアは彼に一目惚れしてしまったのでしょう。
ナタリアはキメットとつき合い始めてから、彼の身勝手な性格を知って、ペラは「一度だって私に不愉快な思いをさせたことなんてなかった」(24頁)と気づきますが、結局はキメットと結婚しました。
利己的なキメットとの結婚生活と、極限の貧困生活を通して人生経験を重ねたからこそ、ナタリアはアントニの美徳を理解できるようになり、彼を心から愛せるまでに精神的な成熟を遂げたと言えるのです。


作者は、旧約聖書の「塩の柱」(創世記19章1-29節)をモチーフに、キメットとナタリア、アントニとナタリア、それぞれの関係性を描き出しています。

主はソドムとゴモラの上に天から、主のもとから硫黄の火を降らせ、これらの町と低地一帯を、町の全住民、地の草木もろとも滅ぼした。ロトの妻は後ろを振り向いたので、塩の柱になった。(創世記19章24節、新共同訳)

結婚前に、ナタリアがキメットの実家で会食した時に、彼は母親の手料理の塩加減にひどく文句を言い、「聖書に出てくる例のロトの妻が、まっすぐ前を向いて進まなきゃいけないのに、旦那のことばを信じずに振り返ったとき以来、俺たちがみんな塩になっちゃってたらどうだろうな」、「ロトの妻は振り返るべきじゃなかった」(39頁)と説教します。
ソドムとゴモラの町が滅ぼされる時、主なる神は御使いを送り、ロトとその妻や娘たちに「命がけで逃れよ。後ろを振り返ってはいけない」と指示しました。
もう少しで逃げ切れるというところで、ロトの妻は後ろを振り向き町を見て、塩の柱になってしまいました。
キメットは、ロトの妻が「旦那の言葉を信じずに振り返った」ことを批判し、振り返るべきではなかったと言います。
なぜロトの妻は後ろを振り返ってしまったのか、と彼女の心情について考えたり、思いやろうとはしません。
キメットは、ロトの妻の心情に配慮しないのと同様に、自分の妻であるナタリアの気持ちを思いやることはなく、自分の意見だけを押しつけ、妻がそれに従うことを求めます。
「ロトの妻は振り返るべきじゃなかった」というキメットの言葉には、妻は夫に黙って従うべきである、という考えが込められているのです。

その後、ナタリアが母子心中するために塩酸を買い、まっすぐアパートへ帰る途中で、誰かに呼ばれて「振り返ったとき、私は神様の言うことを聞かずに振り返ったため塩の柱にされてしまったロトの妻のことを思った」(204頁)のです。
後ろを振り返ると、食料品店の主人アントニが塩酸を買った彼女を追いかけてきたのであり、彼は自分の元で働くことを提案し、彼女と子供たちを死の運命から救い出しました。
一色義子は『エバからマリアまで―聖書の歴史を担った女性たち』(キリスト新聞社、2010年)の中で、「人々が逃げまどう時、嫁に行った娘や婿、孫を瓦礫の下に置いたままで逃げよと言われたら、自分に助けるだけの力がないと分かっていても、振り返らずにはいられないのではないでしょうか」(48頁)と論じています。
創世記には、ロトは嫁いだ娘たちの婿のところへ行き、ここから一緒に逃げるように言いますが、「婿たちは冗談だと思った」と記されています。
第二次世界大戦中に、東京の空襲を生き延びた一色は、「ロトの妻は、あの硫黄の火が降るソドムに嫁いだ娘たち、頑迷に神さまの警告を無視した婿たちのゆえに、孫もろとも一家が破滅するそのさまに耐えられなくて、思わず、痛ましい思いと愛の心で、家族を思って振り返ったのではないでしょうか」(48-49頁)と解釈しています。
このような解釈で読み直すと、「塩の柱」は、大切なものを捨てざるをえなかった時、どうしても捨てきれなかった女性の弱さと悲しみ、そして優しさと愛を象徴していると考えられます。

母子心中を決意した時、彼女の内心には「クルメタ、お前は後ろにこの世のすべての悲しみを引きずっている。この世のすべての悲しみとお別れするんだ」(200頁)という声が聞こえていました。
彼女を死の世界へ誘う声は、神の声ではなく、死んでしまったキメットやマテウの声だったのではないでしょうか。
ナタリアが後ろを振り向かないで、「この世のすべての悲しみとお別れ」しようとした時、彼女の心に残っていた未練は、やはり子供たちの命だったと考えます。
子供たちを殺したくないと思っていたからこそ、アントニの呼びかけに応えて、彼女は後ろを振り返ったのです。
もし呼びかけを無視して、救いの手を自ら拒絶していたら、彼女は子供たちを殺して自分も死んでいたはずです。
『ルカによる福音書』には、「ロトの妻のことを思い出しなさい。自分の命を生かそうと努める者は、それを失い、それを失う者は、かえって保つのである」(ルカ17章32-33節)と記されています。
急に思い立ってアントニがナタリアの後を追いかけたのは、主なる神がロトとその家族を救い出すために御使いを送ったように、自分の命を一度捨ててしまったナタリアを救い出すための、神の御計らいだったのかもしれません。


最後に、本作の主人公ナタリアは、作者マルセー・ルドゥレダの分身ではないと言えます。
作者は下町であるグラシア街の出身ではなく、サン・ジャルバジ地区の生まれで、教育を受け、文化人と交流があり、トロツキストの恋人を持ち、戦争中にスイスへ亡命しています。
本作は、亡命先のスイスで、故郷カタルーニャへのノスタルジアを持って執筆されました。
もし作家自身を投影させた主人公とするなら、ナタリアはインテリの女性で、共産主義の理想に燃え、ファシズムと戦う意志を強く持った女性となったことでしょう。
ナタリアの中に、ルドゥレダ自身の政治的立場や思想が全く反映されていないのです。
作家の多くは、自分の分身としてキャラクターを作り出すため、作家の思想や信条が投影されていない主人公というのは、実は珍しいと言えます。
作者ルドゥレダは、当時のカタルーニャを代表する女性像として、ナタリアを描いたのではないでしょうか。
『ダイヤモンド広場』という表題からも、戦争を乗り越えた下町そのものを描くことに、作者の意図があったと考えられます。
そのため、自分の思想の代弁者ではない、ナタリアやアンリケタおばさんといったキャラクターが生まれたのだと思います。


2.映画"La plaza del Diamante"(1982年)について


マルセー・ルドゥレダの『ダイヤモンド広場』は、1982年にFrancesc Betriu監督(フランセスク・ベトリュ、1940年-2020年)によって、カタルーニャで映画化されました。
Francesc Betriu監督は、カタルーニャのオルラニャ(Organyà)出身です。
バルセロナ出身の女優Sílvia Munt(シルヴィア・ムント、1957年生まれ)が、ナタリア役を演じています。
今回、わたしは原作小説を読んだ後に映画を観て、女性の心のうちが静かに伝わってくる良い映画だと感じました。
映画の脚本と演出は、多少の省略と改変があるものの、基本は小説に忠実であり、好印象でした。

映画の冒頭で、ナタリアが初登場する場面は、原作通りの白いワンピースに白い靴という「上から下まで真っ白な出で立ち」(10頁)で、彼女の初々しさと無邪気さが存分に伝わってきます。
映画撮影当時、ナタリアを演じたシルヴィア・ムントは23~24歳だったはずであり、女優の若さが輝いています。
ナタリアがキメットに誘われ、二人でいつまでもダンスを踊り続ける場面は、ナタリアが彼に一目惚れする気持ちが伝わってきます。
バルセロナ出身のLluís Homar(ルイス・ホーマー、1957年生まれ)が、明るく社交的で、すらりとたくましい美男子としてキメット役を演じました。

小説では、ダンスを踊った後に、ナタリアは恥ずかしさや戸惑いでキメットから逃げ出し、走っているうちにペチコートが地面に落ちてしまう場面が描かれていますが、映画では省略されています。
映画のナタリアとキメットのダンスシーンでは、最初はダンス会場にあふれるほど集まっていた人々がしだいに帰り始め、楽団の演奏も終わり、照明が消えてもまだ二人は踊り続けています。
その場面は、「ワルツが終わるとみんな帰り始めた。私が、ジュリエタを見失っちゃったわ、と言うと、その男の子は、俺はシンテットを見失った、と言った。みんなが家に入っちゃって、二人っきりになったらダイヤモンド広場でつま先立ちでワルツを踊るんだ...ぐるぐる回ってね...」(14頁)という小説の情景を再現したものでしょう。
周囲の変化が全く目に入らない二人だけの世界という演出は、許嫁がいたはずのナタリアがキメットに一晩で夢中になってしまった心情を表現するとともに、照明が落ちて暗くなることで、二人の結婚生活が暗いものになる可能性を暗示しているように思えました。

映画では、許嫁ペラとの別れ、ナタリアとキメットのグエル公園でのデート、ケーキ屋勤めをめぐる喧嘩、結婚と出産が矢継ぎ早に描かれます。
ガウディの個性的な建築が美しいグエル公園で、キメットがナタリアをからかって大きな柱の間を走り回る様子が演じられ、好きな子をからかっていじめて楽しむ、というキメットの性格が垣間見えます。
キメットがケーキ屋の主人を悪く言い、彼女の仕事を辞めさせようとして喧嘩になる場面は原作通りで、彼の嫉妬深く支配的な性格が分かります。
しかし、キメットがナタリアに長い説教をしたり、無理やり謝罪させたり、母親に塩加減でひどい文句をつけたりするなどの、原作に描かれたキメットの身勝手なふるまいの数々が、映画では大幅に省略されているため、原作よりも多少は好感の持てる人物像に感じられました。

第二共和政の成立と内戦の始まり、共和国軍の敗北とフランコ将軍側の勝利は、小説で読むよりも映画で見る方が分かりやすかったです。
武装した若い民兵の集団が車に乗って街中を我が物顔で走り、ナタリアの奉公先だったお屋敷の若旦那が、恐怖で身を隠す場面は印象的でした。
教会が焼かれ、神父たちが殺される中で、キメットと友人たちがジュアン神父の命を助けて、国外へ脱出させる筋書きは、映画では省略されています。
ナタリアが家政婦とした通ったお屋敷は、かつては権勢を誇ったが、現在は家賃収入でなんとか体面を保っているという没落した旧家で、一家の若旦那は「私は金払いがいい」(105頁)が口ぐせの憎めない人物です。
そんな若旦那が、ブルジョワを敵視する民兵に迫害されたことでファシストに転向してしまい、戦後に復職を願い出たナタリアを冷たくあしらう場面は、悲哀を感じました。

軍用機と軍靴の音が響き、空襲を恐れて照明を絞った薄暗いアパートで、母子三人が息をひそめるように暮らす様子は、彼女たちの心情の暗さを反映しているようで、とても痛ましく思いました。
教会の祭壇から「小さな玉」(198頁)があふれ出るのをナタリア幻視し、天使の声を聞く場面は省略されています。
映画では、教会の鐘が鳴り響く中でアパートの階段を駆け上がり、「私は登って行く、上へ、上へ、上へ。クルメタ、飛べ、クルメタ...」(200頁)と彼女が内心で叫ぶ印象的な場面に仕上がっています。
母子心中を決意した彼女の心の叫びに合わせて、鳴り響く教会の鐘は、あたかも葬送の鐘のように感じられました。

この直後に、母子心中の象徴である「漏斗」を手に取る場面が描かれ、彼女は漏斗を握りしめたまま、子供たちと一緒に眠りにつきます。
母親のただならぬ様子に気づきながらも、子供たちは何も言わず、台所からは止め忘れた水道から水が流れる音が聞こえ続けています。
一見、平静に見えるよう落ち着いてふるまっていたナタリアが、実は水を流し続けているのも全く気がつかないほど、精神的に追い詰められていた、ということがよく分かる演出です。
「私たちは誰にも迷惑はかけないし、誰も私たちを愛してはいないのだから」(193-194頁)という、彼女の絶望が真に迫り、映画の中で最も心揺さぶられる場面でした。

その後、アントニのおかげでナタリアは母子心中を思いとどまりますが、映画では彼女がアンリケタおばさんの前で号泣し、キメットとの結婚前にアパートの壁を剥す作業をしていた頃のマテウの幻を見る、という映画独自の場面が加えられています。
バルセロナ出身のJoaquim Cardona(ホアキム・カルドナ、1946年-1993年)が、やさしく気配りが出来る善良な好人物としてアントニを演じました。
アントニがナタリアにプロポーズする場面は、何度もためらい、言葉を選びながら、真剣に彼女に向き合っていて、彼の誠実な性格が分かります。

子供たちの初聖体拝領のお祝いに、ナタリアとアントニとアンリケタおばさんが、一緒に子供たちの晴れ姿を見ている場面は、まるで一つの家族のように見えました。
ナタリアは母親を早くに亡くしており、「お母さんは何年も前に死んじゃって、私に何も教えてくれない」(10頁)という心の声が何度も繰り返し語られています。
そんな彼女にとって、アンリケタおばさんは「いつもよい助言をしてくれる」(30頁)母親代わりのような存在と言えます。
映画では、戦争中にアンリケタおばさんが食料をナタリアのもとに届ける場面が描かれており、常にナタリアのことを気にかけている様子が伺えます。
そんなアンリケタおばさんが、ナタリアの子供たちの成長をを自分の孫のように喜ぶ場面は、血縁が無くても家族のような絆があるように感じました。

ナタリアが娘リタの目にキメットの面影を見て、戦死したキメットが戻ってくるのではないかと思いつめるようになった時、映画では「蛇口をほんの少しひねって、チョロチョロと水を出して指で右へ左へと水を切る」(228頁)という場面が描かれています。
うつろな表情で水を流し続ける様子は、かつて母子心中を決意し、漏斗を握りしめて眠った夜に流れ続けていた水音と重なり、非常に印象深い演出と言えます。

その後、娘リタの結婚披露パーティーで、年齢を重ねたナタリアと成人した息子アントニがダンスを踊る場面は、時間の流れを感じるとともに、母子の間のわだかまりが雪解けしたことを感じて、心打たれました。
戦争中に、ナタリアが嫌がる息子を困窮児童保護施設へ預ける場面は、母親に置き去りにされ、見捨てられたのだという息子アントニの悲しみや諦め、失望が伝わってきて、心に残る悲痛な場面でした。
そんな息子アントニが、妹の結婚を祝って笑顔で母親と踊る場面は、彼の心の傷が成長とともに癒されていったことが分かります。
ナタリアが息子アントニと踊る背後で、夫アントニがアンリケタおばさんと笑顔で踊っている様子は、再婚後の家族の温かさが伝わってきて、ほほえましく思いました。

結婚式の夜に、ナタリアがかつて住んでいたアパートを訪れる場面で、原作では扉に「クルメタ」と刻み付けますが、映画では扉に「天秤の絵」を描きます。
アパートの階段に彫られていた「天秤の絵」(33頁)の輪郭を、ナタリアが指でなぞる仕草は、原作でも描かれていますが、映画では彼女の癖として何度も繰り返し描かれています。
同様に、皿の絵の輪郭を指でなぞったり、床のタイル画を足でなぞったり、テーブルについた傷からパンくずを指でかき出したりする場面が映画ではたびたび描かれ、ナタリアの仕草の癖が印象に残ります。
不平や不満を感じても口に出さない彼女が、内心ではさまざまな思いをめぐらせていることを暗示させる仕草と言えるかもしれません。

クライマックスのダイヤモンド広場の場面で、映画の最初に描かれたダイヤモンド広場の祭が再び描かれ、映画冒頭の喧騒やジュリエタの声が重なり、ナタリアがキメットと出会った夜を思い出している様子が描かれています。
祭りが終わって人々は家に帰り、照明が落ちて暗いダンス会場の中で、ナタリアは天井の穴と漏斗の口を重ね合わせ、地獄の叫びを上げます。
映画で見ると、『ダイヤモンド広場』という表題にふさわしく、本作がダイヤモンド広場の祭りから始まり、ダイヤモンド広場の祭りで終わることがよく分かります。
最後は、アントニがナタリアを迎えに出て、二人で一緒に健やかな眠りにつく場面で終わります。

映画全体を通して、ナタリアを演じたシルヴィア・ムントの魅力が素晴らしいと思いました。
黒髪に彫りの深い顔立ちに、睫毛の長い大きな黒い瞳が美しく、初々しい素朴な少女から、年齢を重ねた母親までを演じきっています。
貧苦によって、痩せ細って頬がこけ、思いつめた彼女の目が、特に印象的でした。
映画音楽では、悲しげで憂愁なナタリアのテーマ"Tema de la Colometa"が変奏しながら繰り返し使われ、映画に静かな深みを与えています。
ダイヤモンド広場の祭りの曲、キメットと踊ったパソ・ドブレ、ショーウィンドウに飾られたおもちゃの熊さんの曲など、その場所を象徴する楽曲が繰り返し使われ、その曲が流れることで記憶が思い出され、同じ場所の過去と現在が重なり合う効果を生み出していると思いました。
作曲者であるRamón Muntanerが歌った映画主題歌"Canço de la Plaça del Diamant"は、アコースティックギターの旋律と物憂げな歌声が美しく、とても心に残りました。

ちなみに、最近でもLAS MIGAS(ラス・ミガス)という女性4人組の音楽グループが、この映画主題歌をカバーしています。
彼女たちは元々カタルーニャ高等音楽院の出身で、2004年に結成され、ヴォーカルとギターとヴァイオリンという編成で、バルセロナを中心に活動しています。
オリジナル楽曲も良いですが、彼女たちのフラメンコ風アレンジのカバーは、女性の強さと繊細さを感じさせ、美しいと感じました。
1982年公開の映画主題歌が、30年以上経ってもこうして歌われているのは、この映画の魅力であり、マルセー・ルドゥレダの原作小説が今なおカタルーニャで愛され続けているからだと思います。