2020/12/27

映画『テネット』(クリストファー・ノーラン監督)



クリストファー・ノーラン監督『テネット』(2020年)を観ました。

同監督の映画は、『メメント』(2000年)、『インセプション』(2010年)、『インターステラー』(2014年)を観ています。

テロリストがキエフのオペラハウスを襲撃し、CIA工作員である主人公が現地警察の特殊部隊に偽装して、劇場に突入する場面から映画が始まります。
劇場内で、主人公は見知らぬ傭兵から命を救われますが、そこで初めて逆行する銃弾を目撃します。
その後、主人公は現在世界の人類を守るために、未来世界の人類との戦争に巻き込まれていきます。

ネタバレにならないように感想を書くのが難しい作品です。

物語としては『インターステラー』の方が面白かったですが、映像は『インセプション』に匹敵するかそれ以上の芸術性です。
順行世界と逆行世界が融合したマジックリアリズムな映像を楽しめます。
この映像を観るだけでも2500円の価値はあるかも。

冒頭のオペラハウス突入で、中に観客がいるにもかかわらず、躊躇なく無力化ガスを使用する場面は、2002年のモスクワ劇場占拠事件が思い出されました。
この時、人質となった922人の観客のうち、129人が中毒死した痛ましい事件です。

以下、若干ネタバレ注意。


映像表現は複雑ですが、物語はいたってシンプルで、未来の人類と現在の人類の戦争を描いています。

現在世代の環境破壊によって、未来は生存に適さない環境になっており、未来の人々は絶望と怒りを過去の世代に向けています。
そして、過去の全人類を絶滅させ、未来の人類が過去世界(=主人公の生きる現在世界)に移住しようとしています。
現在世界では、未来世代の人々に協力し、全人類を滅ぼそうとする敵サイド(ロシア人の大富豪)と、その企みを食い止めようとする主人公サイドの攻防戦が行われます。

頭脳と暴力を自在に用いた戦いぶりは、スパイアクション映画としても楽しめます。
ボンドガールポジションに敵の妻がいて、主人公は彼女の命を救うために奔走。

一言で言えば、世代間倫理をテーマとする物語で、ありきたりとも言えなくもないですが、とにかく映像がすごいので、複雑な映像に複雑な物語では観客がついていけないから、物語はシンプルにしたのかなと思いました。


敵役であるロシア人実業家は、ソ連時代の閉鎖都市出身という設定です。

廃墟の砂漠となった閉鎖都市に主人公サイドの特殊部隊が突入する場面が、映画のクライマックスです。
ただ、ロシアに砂漠はないのでは、と思いました。
旧ソ連のカザフスタンにあった都市、という設定ならありえるかな。
ちなみに、このシーンの撮影場所はカリフォルニアの砂漠だそうです。

ロシアには、旧ソ連の兵器貯蔵施設が放棄され、森に埋もれてしまった場所が点在しているそうです。

ソ連時代は、実際に数多くの閉鎖都市が存在し、そこで核科学技術の研究開発が行われていました。
閉鎖都市の一つ、チェリャビンスク地方にある「40番の町」(現在のオジョルスク)を取材した『City40』(2016年)というドキュメンタリー映画を観たことがあります。


City 40(ロシア語タイトル:Сороковка)
Samira Goetschel監督による2016年のロシアのドキュメンタリー映画。
隠しカメラやソ連時代の記録映像、現代のインタビューなどから構成される。
2017年、エミー賞のニュース&ドキュメンタリー部門にノミネートされた。
ロシア語タイトルの 「ソロコフカ」は、「40番の町」を意味する俗称。

オジョルスクでは現在でも人々が暮らしていて、映画『テネット』で描かれたような廃墟ではなかったです。
ソ連時代は、選ばれたエリート科学者たちが住み、豊富な研究資金で思う存分研究でき、ほかの地方都市と比べて豊かで、生活や教育の水準が高い研究都市だったそうです。

閉鎖都市の一つ、サロフで生まれ育った住民の証言では、ほかの地方都市に行った時に、初めて物乞いを見て驚き、ショックを受けたと語っていました。
つまり、理想の研究都市には、物乞いも詐欺師も元受刑者も絶対にいないということ。
そのような人々には居住許可が出ないので、都市に入ることすらできない。

ちなみにサロフは現在も閉鎖都市で、ソ連時代とは違って地図上に名前がありますが、永住居住権を得るためには、その土地で生まれ育つか、物理学や数学の研究者となるか、原子力エネルギー分野の企業に就職するかしないといけないそうです。
もちろん外国人旅行者が観光することは不可能。
しかし、その分野の教育を受けたり、研究をしたり、仕事をしたいという若者にとっては理想的な都市環境だと言われています。


(2020年12月27日、対話形式にリライトした記事をNOVEL DAYSで掲載しています)