2012/02/20

『カラマーゾフの兄弟』の「大審問官」を読む (1)

カラマーゾフの兄弟2 (光文社古典新訳文庫)
カラマーゾフの兄弟2 (光文社古典新訳文庫)
  • 発売元: 光文社
  • 発売日: 2006/11/09

2011年の読書会では、6月から10月まで4回に渡って、ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』から「大審問官」を読みました。
『カラマーゾフの兄弟』を初めて読んだのは、2007年9月で、今でも大好きな作品です。
初めて読んだ時は、愛着が強すぎて、作品を対象化出来ず、感想を書けなかったのでした。
今回は約4年ぶりに再読したということで、思ったことを書きます。
引用は、光文社古典新訳文庫の亀山郁夫訳です。


★物語詩「大審問官」の舞台設定
「彼が自分の王国にやってくるという約束をして、もう十五世紀が経っている。」p.253
「心が語りかけることに対する信仰だけがあった。」p.254
=「当時は奇跡もたくさんあった。」p.254
→加熱する聖人信仰、天使信仰、聖母信仰。

「人々のあいだに、そういった奇跡の信憑性に対する疑いが早くも生まれはじめたんだ。」
「ドイツ北部に恐ろしい新しい異端が現れたのはまさにそのときだった。」p.254
→宗教改革の始まり。1517年、ルター『95ヶ条の論題』
「これらの異端者たちは、奇跡を冒瀆的に否定しはじめた。」p.254
→プロテンスタントは聖人信仰、聖母信仰を批判、拒否。

「ところが、そのまま信仰を失わずにいた連中は、逆にますますはげしく信じるようになった。」p.254
「おれの物語詩は、スペインのセヴィリアが舞台だ。」p.255
→スペイン異端審問は、15世紀にセヴィリアから始められた。主にユダヤ教徒、イスラム教徒を対象とした。
 宗教改革の時代では、プロテスタントも対象とし、反宗教改革を推進する。


★「大審問官」の物語構成
  • スペインのセヴィリア「南国の町」に、「彼」が姿を現す。
    →「彼」とは、「人間の姿を借りて」降臨したイエス・キリスト。
    降臨した場所は「熱い広場」で、つい前日には「百人ちかい異端者たちが、枢機卿である大審問官の手でいちどに焼き殺された」ばかり。
  • 民衆は「彼」の方に殺到し、「救ってください」と叫ぶ。
  • 大審問官が「彼」を捕えるよう命じ、「彼」を神聖裁判所の牢獄に閉じ込める。
     「明日にはおまえを裁きにかけ、最悪の異端者として火焙りにしてやる。そうしたら、今日おまえの足に口づけした民衆も、明日はわたしの指一本の合図で火焙りの焚き火めがけ、われ先に炭を投げ込むのだよ、それがわかっているのか?」p.261
    →「彼」の行う奇跡と群衆の熱狂は、福音書のアナロジー。
    イエスが「癒しの奇跡」「よみがえりの奇跡」を行い、民衆は「ホザナ」と叫んでエルサレムに迎え入れるが、逮捕され処刑が決まると、民衆はイエスをあざけり、罵倒する。
  • 大審問官が「彼」に問いかける。
    「いったいおまえはなぜ、われわれの邪魔をしにやってきたのか?」p.265
    「悪魔が三つの問いのなかでおまえに告げ、おまえが退けたもの、つまり聖書のなかで〈誘惑〉と呼ばれている問い以上に、真実なことがほかに言えただろうか。」p.265
    「おまえは世の中に出ようとし、自由の約束とやらをたずさえたまま、手ぶらで向かっている。ところが人間は生まれつき単純で、恥知らずときているから、その約束の意味がわからずに、かえって恐れおののくばかりだった。なぜなら人間にとって、人間社会にとって、自由ほど耐えがたいものはいまだかつて何もなかったからだ!」p.267
    「非力でどこまでも罪深く、どこまでも卑しい人間という種族の目からみて、天上のパンは、はたして地上のパンに匹敵しうるものだろうか?」p.269
    「パンを与えてみよ、人間はすぐにひざまずく。」p.272
    「われわれはおまえの偉業を修正し、それを奇跡と神秘と権威のうえに築きあげた。」p.280
    「われわれははたして人類を愛していなかったのか? あれほど謙虚に人類の無力さを認め、愛情をこめてその重荷を軽くしてやり、彼らの非力な本性を思って、われわれの許しさえ得れば罪さえも許されることにしてやってことが。」p.280
    「われわれは、もうだいぶまえからおまえにつかず、あれについている。」p.281
    「われわれはあれからローマと皇帝の剣を受け取り、われこそは地上の王、唯一の王と宣言した。」p.281
    「何十億の幸せのために、天上の永遠の褒美をえさに、彼らを呼び寄せる。」p.288
    「そして、彼らの幸せのために罪を引き受けたわれわれは、おまえの前に立ってこう言う。『できるものなら、やれるものなら、われわれを裁くがいい』と。」p.288
  • 「彼」は大審問官の話を聴き、何ひとつ反論しない。無言のまま、「彼」は大審問官にキスをする。
  • 大審問官は牢獄のドアを開け、「彼」を解放する。「彼」は町の暗い広場を立ち去って行く。
    →「彼」が奇跡を行い、逮捕・投獄されるところは福音書と同じだが、処刑を免れ、生き延びる結末は福音書と大きく異なる。

★「彼」が大審問官にキスをした意味
キス=祝福、受容、赦しの意思表示
→神は、大審問官の言うような人間の弱さ、惨めさ、愚かさを初めから理解していて、その上で人間を愛している。



★『カラマーゾフの兄弟』の「大審問官」を読む (2)
★『カラマーゾフの兄弟』の「大審問官」を読む (3)