2010/12/04

赤染晶子「乙女の密告」

乙女の密告
  • 発売元: 新潮社
  • 発売日: 2010/07

噂とは乙女にとって祈りのようなものなのだ。噂が真実に裏付けられているかどうかは問題ではない。ただ、信じられているかどうかが問題なのだ。真実ことによってのみ、乙女は乙女でいられる。(赤染晶子『乙女の密告』)


読書会の課題本ということで、赤染晶子「乙女の密告」を読了しました。
第143回芥川賞受賞作です。

参加者の感想は、まとめると次のとおりです。

●「乙女達」は大衆の比喩
●「乙女達」はマジョリティを意味しており、「乙女」でないと「乙女達」からみなされたもの=マイノリティは、差別され迫害の対象となる

わたしは、非常に戯画性の強い作品だと感じました。
作者の語り口は、リズミカルでユーモアがあり、戯画的エピソードをテンポよく進めていきます。
滑稽な芝居という表層の下で、異質な「他者」と「わたし」といったテーマが、『アンネの日記』を材料に描かれています。

『乙女の密告』では、『アンネの日記』を題材にユダヤ人問題を取り扱うのではなく、「まだ十四歳」で「母親に対して反抗期」の「ユダヤ人であって一人の人間」だったアンネのアイデンティティの問題を追求しています。
この点が、『乙女の密告』の新しいところだし、読み手の評価・好悪の分かれるところだと思います。


「真実を必要としない」乙女達に対して、「真実を知りたい」と行動した主人公みか子は、乙女達から「乙女でないと烙印を押され」、「他者」として排斥されました。

異質な存在は『他者』という名前のもとで、世界から疎外されたのです。ユダヤ人であれ、ジプシーであれ、敵であれ、政治犯であれ、同性愛者であれ、他の理由であれ、迫害された人達の名前はただひとつ『他者』でした。『ヘト アハテルハイス』は時を超えてアンネに名前を取り戻しました。アンネだけではありません。『ヘト アハテルハイス』はあの名も無き人たち全てに名前があったことを後世の人たちに思い知らせました。あの人たちは『他者』ではありません。かけがえのない『わたし』だったのです。(赤染晶子『乙女の密告』、以下同)

みか子は、『アンネの日記』を通して「必要なの真実」であることに気づき、「わたしは他者になりたい」と願います。
そして、「戦争が終わったらオランダ人になること」を望んだアンネを、「アンネ・フランクはユダヤ人です」と「密告」するのです。

したがって『乙女の密告』は、みか子が「乙女達の噂ばかりの世界」に埋没するのではなく、「わたしはわたしでありたい」と望み、たとえ乙女達の世界から疎外されても、異質な「他者」である自己に忍耐することを選ぶに至る、心の成長物語として読むことができると思います。


読了日:2010年10月3日