2010/11/23

ロラン・バルト「モードの体系」

モードの体系―その言語表現による記号学的分析
モードの体系―その言語表現による記号学的分析
  • 発売元: みすず書房
  • 発売日: 1972/01

ロラン・バルト『モードの体系』を読了しました。
『モードの体系』におけるファッション雑誌分析の面白いところは、ファッションそのものではなく、ファッションについているキャプションを分析している点です。

バルトはまず、衣服を2種類に分類します。写真や絵で示されている「イメージとしての衣服」と、写真や絵の説明として載っている《シェットランドのしなやかなドレス、バラの花をさした革のベルトをウェストの上に》 と言うような、「書かれた衣服」です。

書かれた衣服はほとんどパロールに対してラングがもっているのと同じような、構造的な純粋性をもっている。記述〔ことば〕は必要で充分なかたちで、ここに描写〔イメージ〕されている《この》衣服をア・ラ・モードなものにする条件としての制度的な諸拘束を表すものとして成立している。(バルト『モードの体系』、第一章)

したがって、バルトによれば、モードの記述は「単に現実のコピーとしてのモデルを提示すること」だけではなく、「モードを《意味》として世間に広く伝えること」 なのです。
わたしは、バルトが「書かれた衣服」すなわち「ことばによる構造」を分析の対象とした一つの大きな理由は、ここにあると思います。

◇◇◇

バルトは「書かれた衣服」の体系は、「ふたつの意味体系がただひとつの陳述の中に一致成立している」 言語体系であるとみなしています。

言語学において、言語は「表現」(E)と「内容」(C)という異なる二つの面が、関係(R)によって結合されており、それらの総体がひとつの体系(ERC)を形成していると考えます。
このように構成された体系は、さらにそれ自体がより高度に拡張された体系の一要素となります。

それは、低次と高次二つの体系の入れ子構造となり、低次の体系が高次の体系のどの文節部分に位置するかによって、二通りの場合が考えられます。
第一に、第一次体系(低次)は第二次体系(高次)ERCのRC部分、すなわち表現面を構成します。この場合、第一次体系は《デノテーション〔表示的意味体系〕》に相当し、第二次体系は《コノテーション〔判事的意味体系〕》に相当しています。(図①参照)

図①
E C 2.コノテーション
E C 1.デノテーション
第二に、第一次体系ERCは第二次体系のRE部分、すなわち内容面を構成します。この場合、第一次体系は《対象言語》に相当し、第二次体系は《メタ言語》に相当しています。(図②参照)

図②
E C 2.メタ言語
E C 1.対象言語
以上により、第二次体系内の第一次体系の位置に応じて、コノテーションとメタ言語は鏡仕掛けのように対立するのです。 メタ言語とは、《演算》であり、「科学的なことばの大半はメタ言語」によって形成されています。
メタ言語の役割は、「実在を扱う一体系をそのままそっくり記号意味部として捉え、それに対して、独特な、記述的性格の記号作用部の集合を新規にあてがってやること」 です。
コノテーションは、「きわめて社会的なことばにさらに味つけ」をするものです。


このような分析方法を、バルトは実際の「書かれた衣服」に次のように用いています。

雑誌が《レーシング・コースではプリントが全盛です》と述べているとき、述べられているのはただ、レーシング・コースではプリントが全盛ですということ(体系1および2)だけではなく、またプリントとコースとの相関関係がモードを意味しているということ(体系3)だけでもない。それだけではなく、雑誌はこの相関関係の上に競争(《よりも盛んです》〔全盛です〕)というドラマティックな形式の仮面をかぶせているのだ。だからここに新しい典型的な記号が登場したわけである。その場合、記号作用部は完結した形としてのモードの陳述であり、それによって意味される記号意味部は、雑誌がみずからいだいていてしかも人々に与えようとしている世界とモードの表象なのだ。(第三章)

すなわち、実際の雑誌は少なくとも三重のコノテーションになっていると言えます。そしてさらに、雑誌の特性や流行などが第四次体系、第五次体系として無限に上位に重ねられていくのです。(図③)

図③
E C 3.コノテーション
E C 2.キャプション
E C 1.写真

記号が多重化されることは、意味=コノテーションが多重化されることです。バルトの記号学において、記号のコノテーション作用が最も重要であると言えるでしょう。

◇◇◇

バルトは『モードの体系』において、ファッションの「分法」を構築し、体系化することによって言語学的分析を可能にしました。
ラング/パロール、シニフィアン/シニフィエ、コノテーション/デノテーションといった対立用語を用いて、意味が生成されるさまざまなレベルを考察しています。

彼の分析方法は、現代のわたしたちが身近に接している種々の女性ファッション雑誌を見る際にも、応用することができますよね。
例えば、雑誌『non-non 2011年1月号』(集英社、2010年10月発刊)において、白いニットとデニムのショートパンツを着た女性の写真の上に、《発見!最強モテコーデは白×デニム》 というキャプションが付けられています。
わたしたちはこのキャプションによって、《白×デニム》が、男性からの《モテ》を意識したコーディネートの中でも《最強》であると教えられ、雑誌が《発見》者すなわち流行の発信源であることを教えられます。さらに、女性のファッションは《モテ》を意識してコーディネートすべき、という規範も教えられます。


1967年にバルトが見抜いたファッション雑誌の「文法」、そして「味つけされた」言葉によって、わたしたちは未だに無意識のうちに操作され続けているのでしょうね。



読了日:2007年8月10日